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子供、ケーキを食べる

 家に愛実を上げたくなかったので、近くのファミレスに移動する。  朝陽が席に座った、と思うとその横に愛実が割り込んでしまったので、仕方なくその向かいに楓と並んで座る。 「朝陽、何にする? ジュース飲むわよね? コーラでいいかな?」 「え……うん……?」  曖昧に頷く朝陽の世話を焼いて勝手に愛実がケーキセットを注文し、ドリンクバーから二人分の飲み物を持ってくる。  それくらいもう一人でできるのにと思いつつ、恭平は自分たちの分もドリンクバーを頼み、コーヒーを持ってきた。 「……えっと」  目の前に置かれたコーラに手をつけないまま、朝陽が眉を寄せる。 「本当に、ママ……なの?」 「そうよ!」 「でも……ママは死んだって」  困惑した視線を恭平に向ける朝陽。その横で、愛実が目を見開くのが見えた。 「ごめん、あの……それは」 「えっ、なにそれ! 私、死んだことにされてたの?」 「……悪かったよ」  ため息まじりにもう一度謝罪の言葉を口にする。 「だって、連絡も返さないし。そっちはそっちで勝手に過ごしてるものだとばっかり思ってたんだよ」  恭平との子なんてやっぱり愛せない。本当に好きな人が分かった。  そう言って消えていったのだから、もうこちらに興味なんてないと思っていた。今更戻って来るなんて誰が想像するだろうか。 「それは……ごめんなさい。私があなたたちに連絡する資格なんて、ないと思ったの」 「ああそう」  予想よりしおらしい愛実の様子に、長年の恨みをどこにぶつけていいか分からなくなる。そんな簡単な言葉で済まされていいと思っているのだろうか。罵ってやりたいのに、その女の隣に朝陽がいると思うと何もできない。 「私、恭平と別れてはじめて、やっぱりあなたが大切って分かったの。でも、ずっと勇気がなかったから何もできなくて……でも、今回あなたから久しぶりに連絡が来て、やっぱり会いたくなって興信所に調べてもらったの」  最悪だ。写真なんて送らなきゃよかった。  なんであの時、この女にもその権利があると思ってしまったのだろう。恭平は過去の自分を呪った。  朝陽の成長を知ってほしいと思った気持ちは、嘘ではない。  でも、自分の目の前にまた出て来てほしいなんて、思っていなかった。  それも、いきなり。  重苦しい雰囲気のテーブルに、朝陽が――愛実が頼んだショートケーキが届く。目の前に置かれたケーキを不審げに眺める朝陽に、愛実が「食べていいよ」とフォークを持たせた。  何をしているのだろう、と思いつつ、それを止めるでもなく見てしまう。 「ねえ、恭平。私たち……やり直せないかな?」 「それは……」  暗い家で一人泣く朝陽。子供が入院するので休みます、と電話をかけた時の声色。辞めます、と言ったときの表情。  暗くなった公園でも帰りたくないと泣かれて困ったこと、胃腸炎をうつされて死ぬかと思ったこと。  保育園で描いた絵に「ぱぱだいすき」と書いてくれたこと。  全部の記憶が一気に頭に浮かんできて、それ以上言葉にならなかった。 「三人でまた一緒に暮らしたいの」  何を言っているんだろう。呆然と見つめ返してしまう。  恭平が黙ったままでいると、愛実は自分のカップに口をつけた。深緑のネイルがはげかけている。  こんな女だったっけ、と場違いな感想が恭平の頭に浮かんだ。  結婚した時は、すっぴんでも、インフルエンザで数日お風呂に入れなくても、それでもかわいいと思っていた。けれど今にしてみれば、どこにそんな魅力があったのか分からない。 「今、二人でしょ? 大変じゃない? 恭平も会社、不規則だし」 「……もう辞めたよ」  お前のせいでな。そう言ってやりたかったが、伝わる気もしなかった。  代わりに、興信所はそこまで教えてくれなかったのかという八つ当たりめいた怒りが湧いてくる。  え、と驚いた顔をした愛実が、「なんで」と赤い唇を歪めた。 「恭平、あんなに仕事好きだったじゃない。大手で福利厚生もよかったのに」 「……別に」  短く吐き捨てると、愛実が不満げな顔になった。 「それに、二人じゃない。楓さんがいる」  恭平の言葉に、ずっと隣で黙っていた楓が小さく身じろぎした。机の下で握りしめていた恭平の手に、楓の大きな手がふわりと重なる。  楓の手をこっそり握り返した恭平は、大きく息を吸った。目の前の女に対しての警戒心が少し弱まる。  そうだ、何も朝陽を攫いに来たわけではない。冷静に話をしなくては。 「いや、でも……楓さんって、ドラゴンでしょ?」  楓を見る愛実の目は、不審者を見る目つきに似ていた。 「そうだけど」 「それは……ねえ? だって、ただのぺ……居候じゃない?」 「ちゃんと働いてる」 「そういう事じゃなくて……」  ええと、と眉を寄せて愛実は楓を見上げた。正直、今ここになぜ楓がいるのか分からないという表情だ。 「……家族ではないでしょ、ってこと」  その言葉は、妙に恭平の胸に刺さった。 「そりゃあ……血は、繋がってないけど」  だが、じゃあ楓が何なのかという答えがとっさに出てこない。  それ以上その部分に触れられたくなくて、恭平は愛実を追い払いにかかった。 「って言うか、今すぐにそんな答えなんて出せない」 「分かってる。また連絡するから」  またも何もないだろ、と言いかえす前に立ちあがった愛実が店を出ていく。  はあ、とため息をついた恭平の体から、力が抜ける。コーヒーに手を伸ばしたところで、朝陽のお皿に半分になったケーキが残されていることに気づいた。 「朝陽、食べないのか?」 「あ、えっと、ううん」  困った顔のまま、朝陽が首を振る。居心地悪そうに楓を見上げ、半分になった皿を軽く押した。 「あのさ、楓。半分……食べる?」 「ん? 我か?」 「あ……」  そういえば、朝陽分のケーキしかない。  メニュー表を手に取った恭平は、最後のデザート部分を開いた。 「……全員分、甘いものでも頼みましょうか」

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