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パパ、謝る
家に帰ってからも、朝陽はずっと黙り込んでいた。
「『ママが死んだ』ってずっと嘘ついてて……ごめん」
「うん」
ソファの端に座った朝陽に謝ると、放心したような顔で朝陽が頷いた。
「なんで、そんな嘘ついたの」
「……朝陽に、嫌な思いをしてほしくなかったんだ」
「なにそれ」
「俺にも、朝陽にも、もう会いたくないって言って出ていったから……そんなふうに思われてるって、朝陽に伝えたくなかったんだ」
「でも今日来たよ」
「うん……」
本当に、なんで今更突然来たんだろうと恭平も思う。
朝陽の隣に腰かける。俯いた朝陽は、抱えた膝の上にTシャツの裾を被せた。
シャツの裾が伸びるからやめなさい。普段ならそう言うところだったが、今日に限っては何も言えない。
「……また、会える?」
朝陽の言葉に、恭平の眉が寄った。
あの女に、また朝陽を会わせたいとは思えなかった。でも、それが朝陽の願いなら尊重しなければならない気もする。
「朝陽は……会いたいのか?」
「んー」
恭平の感情を読んでいるのか、朝陽が困った表情になる。
そんな顔をさせてはいけないと思うけれども、笑顔でいるのは難しい。
「ていうか、今日は、ぜんぜん話、できなかったから」
「ああー……確かに、そうだよな」
確かに、朝陽とは会話らしい会話もせずに愛実は帰ってしまった。はじめて出会う母親がどんな人か気になるのは当然のことかもしれない。
「じゃあ……もう一回会えないかって聞いてみるけど、いい?」
「うん」
膝に顔を埋めたまま、朝陽が頷いた。
「わかった」
本当に? いいの? 朝陽の顔を見るとそう繰り返してしまいたくなる。恭平のその雰囲気を察したのか、ぱっと朝陽が立ちあがった。
「……宿題、するから」
「あ、うん」
普段はリビングで楓と一緒にやっているのに。ランドセルを引きずり、子供部屋に向かう朝陽を見送る。
夕飯のハンバーグができても、朝陽は部屋から出てこなかった。
「朝陽ー、夕飯だよー」
声をかけても、しんとしたままだ。
「見てくるぞ」
子供部屋に向かった楓は、すぐに首を振りながら出てきた。
「寝てしまっておる」
「……そう、ですか」
「疲れたのじゃろうな」
「ですよね……」
死んだと教えられていた母親が生きていて、しかも突然目の前に現れたとなれば当然だろう。
今となっては、嘘をついたことも正しかったかどうかわからなかった。
(朝陽を傷つけたくなかっただけなのに、なんで、こんなことになるんだ)
「……先に夕飯、食べちゃいましょうか」
妙にしんとした家の中、楓と自分の分だけ夕飯をよそる。いただきます、という言葉が、妙に空虚に響く気がした。
半分ほどハンバーグを食べたところで、楓が「なあ」と口を開いた。
「恭平は、朝陽の母親が嫌いなのか?」
「そう、ですね……」
楓に指摘され、恭平の中にあった感情に初めて簡単なラベルが付いた気がした。
顔を見たくない。話したくない。関わり合いたくない。ひっくるめてしまえば、同じ一つの感情だった。
朝陽の母ではあるし、一度でも結婚した相手だから、そんな感情を抱いてはいけないと思い込んでいたのかもしれない。
「嫌い、ですね」
口にして認めると、ほんの少しだけ心が楽になった。
「連絡もなく突然来た時点で腹が立ってますし、朝陽にも、もう二度と会わせたくありませんよ、あんな奴」
自分の声が、いつもより刺々しくなるのが分かる。しかしどうにもならなかった。
楓が軽く目を見開き、耳を上げる。
「しかしのお」
「わかってます、あんなんでも朝陽の生みの親です。あの子の前では悪く言ったりしませんよ」
「いや。そうではなくて、な」
楓の尻尾が地面を擦る音が聞こえた。
「……そなたらは、彼女の言うとおり、共に暮らしたほうがよいのではないか?」
「えっ」
まさか、楓にそう言われるとは思っていなかった。箸を取り落としそうになる恭平に、楓は悲しそうに微笑んだ。
「我は……恭平とあの者の間に、過去に何があったかは知らぬ。知らぬが……それでもやはり、血を分けた親というのは子と一緒にいたほうがよいと思うのだ」
「……やっぱり好きじゃなかったからいらない、って捨てていったんですよ。俺と朝陽のこと」
「けれど、反省しておったじゃろ」
「どうせ本命にも捨てられて、『今さら真実の愛に気づいてしまったアタシ』って悲劇のヒロインぶってただけですよ。そこにたまたま俺が写真を送ってしまったから、まだ未練があると勘違いされただけです」
「そう穿った見方をしなくても良かろう。誰しも過ちというものはあるのじゃから、改心したのなら受け入れてやるべきではないのか?」
理屈で言われればそうかもしれない。
けれど、何があったとしても許せないこともある。
「朝陽のことを考えてやれ、恭平」
押し黙った恭平を見つめ、楓は首を傾げた。
「我は……我の父は、恭平も知ってのとおり、あまり良いとは言えぬ父だったかもしれぬが……それでも、父に育ててもらえて良かったと我は思っておるし、いつか自分を見て欲しかったとも思うのじゃ」
「……」
楓の記憶を思い出し、恭平の胃のあたりがチリチリと痛んだ。
いい親だから好きなわけではない。親だから好きだし、一緒にいたいのだ――そう言われてしまうと、返す言葉もない。
「な、恭平。朝陽から、その機会を奪わないでやってくれ」
「でも……」
それでも何か反論を探す恭平に、楓は「そうじゃ」と手を叩いた。
「不安なら、一度試しにお出かけでもしてみればよかろう。その上で決めればよい」
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