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子供、出かける
「ああーもうっ」
部屋の中をウロウロと歩きながら、恭平は何度めかの苛立ちの声を上げた。
朝陽がまた会いたがっている、と愛実に連絡しようと決心するのには数日かかった。無職で実家にいたという彼女は今回はすぐに連絡を返してきて、朝陽と彼女の二人で出かけることになった。
「いややっぱ……なんで二人で行かせちゃったんだろ。やっぱ俺も行くべきだったろこれ」
愛実と会いたくないという気持ちもあり、朝陽と2人のお出かけに許可を出してしまったが、やはり自分が見ていないといけなかったのでは、という気がしてならない。
「楓さん、空飛んだらすぐに2人のところ行けますよね?」
「落ち着け恭平」
ソファに座った楓が、呆れたように自分の隣の座面を叩いた。恭平が腰を下ろすと、横から伸びてきた手に抱きしめられる。
「自分がいても朝陽が気を使うだけだから、と行かぬ判断をしたのじゃろう」
「それは、そうなんですけど」
「我が朝陽と出かけるときは平気なんじゃろ?」
「それは楓さんだからです!」
「あの女も親なんだから、少しは信じてやったらどうだ」
「うう……」
それができたら今こんなに気をもんでなどいない。
「朝陽も楽しみにしていたし、変なことをする女にも見えなかったぞ? 大丈夫じゃって」
「楓さんは甘すぎるんですよー……」
楓の肩に頭を押し付けられながら、恭平は目を閉じた。悔しいが、こうやってくっついて、楓の匂いを嗅いでいると少し不安が紛れるのも事実だ。
大きな手が恭平の頭に置かれ、毛づくろいのように髪を撫でられる。
「……あのな、恭平」
しばらくして、楓はぽつりと口を開いた。
「我は……特区に行こうかと思う」
「えっ? なんでです?」
どうして突然そんなことを言い出すんだ。目を開けた恭平は、縋るように楓の腕を掴んでしまう。
「この前行かないって……」
「確かに言ったが、あの時とは状況が違うじゃろ」
「状況って」
あの女が勝手に来ただけだ。
「……ここで、恭平と朝陽と、その母で暮らした方がよい」
「いや、楓さんが出ていく必要なんてないじゃないですか」
「そう言われてものう」
楓の眉と耳がしゅんと下がる。
「我は朝陽の親にはなれぬ」
「でも」
「この家に4人は狭いじゃろ」
「か、片づければ何とかなりますし……楓さん、バイトだって始めたばかりじゃないですか。特区に行かなくても、近くにアパート借りるとかじゃダメなんですか?」
恭平の言葉に、んん、と楓が口を曲げた。
「その、なあ、恭平」
「なんです?」
「……その、朝陽の母とは……好き合って子をなしたのじゃろう?」
しょんぼりと見つめられて、恭平は楓から目を逸らした。悪いことなどしていないのに、後ろめたさがある。
「い、いやまあ……そう、ですけど」
結婚した時は好きだったのだからしょうがない。その後朝陽が生まれた時は、三人で幸せな家庭を築いていけると信じていたし。何なら、朝陽を見てこんなにかわいいのだから兄弟もいたらいいなとすら思っていた。
「でも今はそんな気持ち……」
「分かっておる」
宥めるように楓に頭を撫でられ、恭平は口をつぐんだ。
「それは、分かっておる。じゃがな、やはり……我としては、家族をしている恭平たちを見るのは辛いのじゃ」
軽々と楓に持ち上げられた恭平は、太い腿の上に乗せられた。全身をくるむように抱きしめられる。
「恭平も、我のことを好いてくれておるのは分かっておる。しかしの、朝陽のことを考えると、恭平には朝陽の母と仲良うしてもらいたいと思うのじゃ」
「そう、かもしれないですけど」
両親に仲良くしていて欲しい、というのは、子供の立場からしてみれば当たり前の希望ではある。
だが、楓にとって自分はその程度でしかなかったのか、という気もした。
世の中には――あの女は、結婚相手と子供を捨ててまで自分の好きな相手の所に行ったというのに。
(……違う。楓さんは、俺のことだけじゃなくて、朝陽のこともちゃんと好きだから……だから、自分のような思いを抱えてほしくないと思ってこう言ってるのだから)
それでも、どうにもやりきれない。
「な、分かってくれ、恭平」
「でも、楓さんは……それでいいんですか」
睨みつけたかったが、楓の顔を見ると涙がこぼれそうだった。
ふわりと笑った楓が、恭平の頬に手を当てる。大きな手の暖かさに涙腺が緩みそうになり、恭平は目に力を入れた。
「もし、朝陽が大きくなって独り立ちして、それでも我のことを覚えていてくれたら……その時に訪ねて来てくれればよい」
「そんな、ずっと先のことじゃないですか」
「竜は長命だからな、たかが十数年程度、大したことではない」
ふふ、と楓が声を出して笑った。
「千年もの間土の中にいることに比べたら、些細な時間じゃ」
「楓さんにとっては、そうかもしれませんけど……」
人間にとってはそれなりの時間だ。
だが、朝陽のことを考えるなら、楓の考えに反論もできない。力を抜いた恭平は、楓の方に額を当てた。
(全部がうまくいく方法なんて、ないんだよな)
何かを犠牲にしなくてはいけない。
そしてそれは、朝陽であってはいけないのだから――自分が、やっぱり、我慢するしかないのだろうか。
ぼうっと考えていると、家の外で車の止まる音がした。
「お、帰ってきたぞ」
「そうですね……」
二人が玄関に向かうのと、朝陽が飛び込んでくるのは同時だった。
「パパ、楓、ただいま!」
「おかえり」
両手にお土産や風船を抱えた朝陽が、玄関に靴を飛ばして駆け込んでくる。
「今日はどうだった?」
遊園地に行く、と聞いていたが。恭平の問いに「楽しかった!」と朝陽は満面の笑みを浮かべた。
「んっとね、あのねえ、車の運転する奴やった」
「ゴーカートね」
後ろに立った愛実に「そうそう!」と朝陽が頷く。
「あとね、ジェットコースター、乗りたかったんだけど身長が足りなかったの」
これくらいね、と愛実が手で五センチ程度を示す。
「そうなんだよ! 悔しい! だからさ、また行こうって約束したの!」
「え」
何勝手に次の約束までしてるんだ。たたきに立った愛実を睨むが、ニコニコとしていて全く気づく気配はない。
「次はみんなで一緒に行こうよ!」
「んー……できたらね」
洗面所へ駆けていく朝陽を見てから、恭平は愛実に視線を戻した。
少し考えてから、一歩横に退く。
「……今日の話、良かったら少し聞かせてくれないか」
「もちろん!」
当然のように上がってきた愛実が、「手を洗わないとダメなんだよ」と朝陽に言われて洗面所に向かう。
手を洗う二人の後姿を見る恭平の腰に、そっと楓の手が回される。
「な、大丈夫じゃったろ?」
優しい声に、恭平は答えることができなかった。
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