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ドラゴン、特区に行く
「ほら朝陽、カードをピッてやって通るんだよ」
「もう分かってるって」
新幹線を降りると、改札すら出る前に「ドラゴンの里へようこそ」という語句と、デフォルメされたドラゴンとガラス細工の描かれたパネルが置いてあった。クリスマス仕様なのか、ドラゴンにサンタ帽がかぶせられている。
おお、とそれを見た楓の目が輝く。かわいいと思う一方で、そんな目で見ないでほしいとも思ってしまう。
竜特区——正式名称、ドラゴン特別行政自治区。
新幹線で1時間半程度、決して遠い場所ではないが、恭平が来るのは修学旅行ぶりだった。
買ったばかりのスマホを出した楓が、もこもこのコート姿の朝陽とパネルの横で写真を撮っている。はしゃぐ2人を見ていると、振り向いた楓が眉を下げた。
「恭平、何も今日我と別れるわけではないのじゃぞ? ただの引っ越しの下見じゃ」
「それは、そうですけど……」
楓の特区移住計画は、恭平の意に反して順調に進んでいた。今日の下見で家が決まれば、特区の運送会社が楓の荷物を取りに来てくれる手筈になっている。
ドラゴンも通れるようになのか、サイズの大きな改札の外には、ドラゴンのモニュメントがあった。そこに立っていたのは、以前楓が喫茶店で話していた青髪の女性だ。
「楓様、鏡野様、ようこそいらっしゃいました! 本日ご案内させていただきます、移住担当課の鈴木セイランと申します」
「あ、よ、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げた恭平は、セイランから名刺を受け取った。当たり前といえば当たり前なのだが、彼女にも苗字があるのが少し新鮮だ。
「それでは、早速ですが楓様が気になっているというお家と、こちらでおすすめのものをいくつかピックアップさせていただきましたので、ご案内させていただいてよろしいでしょうか」
「あ、少々待ってくれセイラン殿」
歩き出そうとするセイランを呼び止め、楓が手招きをした。後ろにあるモニュメントを指さす。
「写真を撮ってくれないか」
「いいですよ!」
セイランにスマホを渡した楓が、恭平と朝陽の手を取ってモニュメントの前に立つ。
ぎゅっと抱きすくめられると、こんな時なのに胸が苦しくなってくる。
「はい、撮りますよー!」
それでもセイランの声に合わせ、笑顔を浮かべる。何枚か撮ったところで、セイランに先導されて歩き始める。
「駅を出てすぐのところは、観光客向けのお土産店や乗竜体験の店が並んでまして、比較的にぎやかな場所になります。楓様は静かな場所をご希望とのことでしたので、ここから奥の方に入った山エリアの方にいくつか家を見繕わせていただきました」
「うわ、でっけえ……!」
キョロキョロと左右を見回した朝陽が声を上げる。つられて恭平が顔を上げると、鏡野家の倍ほどの高さのあるドアや窓のついた商店が立ち並んでいた。「竜炎ガラス体験」や「飛行体験」ののぼりがはためく前を、大きなドラゴンや、体格がよく髪色の鮮やかな人たちが行き交っている。
まるで、小人になって異世界に迷い込んでしまったようだった。
(ああ……でも、楓さんは……普段、逆のことを思ってるわけか)
「驚きました?」
朝陽のリアクションが面白かったのか、セイランの声が弾む。
「ドラゴンがそのままの姿で暮らせるよう、特区の建物は人間用のものに比べて大きく作られているんです」
「へえー」
「ほお」
感心する楓と朝陽に、セイランはふふん、と得意げに笑った。
「特区は、ドラゴンがドラゴンらしく暮らせることを第一としていますからね。区外みたいな面倒な飛行規則もありませんし、ドラゴン専門医もたくさんいますから、病気になってもたらい回しにされたりなんかしませんよ」
(え、飛行規則なんてあったの?)
今まで知らずに楓と飛んでしまっていた。楓は知っていたのだろうか、と横を見ると、目を見開いた楓は空を飛ぶドラゴンたちを興味深そうに見上げていた。
「ということは、ここでは大きくなって飛んでもよいのか?」
「ええ、もちろんです。試されますか?」
「よいのか!?」
ピンと楓の尻尾が立つ。
(……あ)
久しぶりに、楓の満面の笑みを見た気がした。
ふわりと楓の体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には大きなドラゴンの姿になっていた。
恭平の3倍以上ある体躯。全身を覆う、髪と同じ色の鱗。普段よりも強く逞しい、爪の生えた両腕。
半年ほど前――裏山で崖崩れの中から見つけたドラゴンが、目の前にいた。
楓が羽ばたくと、恭平のコートと髪が風にあおられ、体ごと浮きそうになった。風圧に飛びそうになった眼鏡と、バランスを崩した朝陽を慌てて押さえる。だが、ここではそれが当たり前なのか、近くを歩く人たちは何事もないような顔をしてそれぞれの動きを続けている。
砂埃に細めた目を恭平が再度開けた時には、楓の姿は空高く舞い上がっていた。
豆粒のように小さい姿はかなりの高度にいるはずなのに、ものすごいスピードで空を飛び回っている。新型の兵器です、と言われても納得できそうなほどに動きが鋭い。
「はっや……」
空を見上げた朝陽が呟く。
「うん……」
今まで恭平たちと飛んでいたのなんて、楓にとっては本当に大したことではなかったのだろう。
冬の太陽を反射し、鱗がキラキラと光っている。
「あー……」
(これが、楓さんだったのか)
楓は、ここにいたほうがいいのかもしれない。
今までの、嫌だ、と思っていた気持ちが、するりと溶けていくのが分かった。
恭平たちの家にいるために人の形になり、ずっと合わせてくれていたのだ。
「おお、さすが古竜の方ですねえ。飛び方のキレが凄い!」
目の上に手を庇のようにあてたセイランが、楽しそうに上を向く。
おん! と火柱のような楓の火吹きが、遠くに見えた。
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