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パパ、ドラゴンと子育てすることにする

 特区駅についたのは、9時前のことだった。駅前にいたドラゴンタクシーに楓の住所を伝え、家まで飛んでもらう。  チャイムを鳴らすと、すぐに楓が出てきた。見慣れた人間の姿だ。 「楓さん!」  半纏を着た楓が軽く手を広げた中に飛び込む。 「それで、朝陽は……」  楓の左右を見るが、小さな姿は見当たらない。 「もう寝てしまったぞ」 「えっ」  確かに普段ならもう寝ている時間だけれども。  楓を見上げると、オレンジ色の目が柔らかく細められた。くるりと尻尾が恭平の脚に巻きつく。 「今日はもう遅い。明日は日曜じゃろ? 今日は恭平もここに泊まって、明日帰ればよい」  恭平の手を引き、大きさのせいで何となく距離感までおかしくなる室内を先導した楓は、奥の座敷の襖を開けた。旅館のような床の間付きの立派な部屋で、ドラゴン用の巨大な布団の上に朝陽が寝ている。 「よ、よかった」  朝陽の顔を見た恭平の足から、へなへなと力が抜けた。畳の上に座り込む。 「朝陽……こんなとこまで来るなんて……」  まだやわらかい髪の毛を、そっと撫でる。柔らかくほんのりと温かい感触に胸が詰まり、頬を涙が伝っていく。よく見ると、見慣れないパジャマに着替えているようだ。楓が用意してくれたのだろうか。 「……よかった、本当に」  呟くと、恭平の背に楓の手が置かれた。 「うむ。まさか一人で来るとは、我も驚いたぞ」  優しい手で撫でられると、足だけでなく全身から力が抜けていく。  「すみません、楓さん、ご迷惑おかけしてしまって……」 「いいや」  朝陽が起きないよう、ひそひそと耳元で囁いてくる楓の声が、朝陽の寝顔と相まってひどく心に来る。 「恭平も、今日は大変だったじゃろ。ひとまず風呂で身体を流したらよかろう」 「……風呂?」 「すごい格好じゃよ」  楓に言われて、恭平は自分の格好を見下ろす。  朝起きた時のままの、毛玉のついた部屋着。サンダルで走り回ったせいで素足が泥だらけだし、裏山から来たであろう枯葉まで袖にくっついている。そういえば今日、髪の毛に櫛を入れた記憶も、顔を洗った覚えもない。 「うわ、わ、すいません!」  慌てて立ち上がり、つま先立ちで部屋の外に出る。 「え、俺こんな格好で新幹線乗ってここまで……えー、うわ……」  恥ずかしすぎる。 (ていうか俺、この格好で朝陽の同級生の家に行ったりしてたよな?)  さっきとは別の意味で泣きたくなっていると、ふふ、と楓の笑い声が聞こえた。 「それだけ朝陽のことで必死だったんじゃろ」  楓の顔が近づいた、と思ったら抱き上げられ、恭平の体が宙に浮く。  長い廊下の先にある風呂場は、家庭用の風呂というよりも小さな銭湯のようだった。薄いグレーのタイルが貼られた洗い場の奥に、ドラゴンの状態の楓でも浸かれるサイズの浴槽が鎮座している。張られたお湯からは湯気が立ちのぼり、ちょうどよい温度であることを示していた。 「うわ広っ」  思わず呟くと「朝陽も同じことを言っておったわ」と楓は愉快そうに目を細めた。 「プールだ! と浴槽に飛び込んでおったぞ」 「全く……」  ふふ、と笑いながら服を脱いでいく。 「あ、って言うか俺、着替えないんですけど……」 「案ずるな、用意しておる」  脱衣所の棚を開けた楓が、恭平サイズのパジャマを取り出す。 「いつか訪ねてきたときのためにな」 「……あ」  さっきの朝陽のパジャマも、そうやって準備してくれていたのだろう。  見上げると、楓の指が恭平の頭に伸びてきた。何事か、と首をすくめると、枯葉を持った指が離れていく。 「その分じゃ、食事もまだじゃろ? 我は向こうの部屋で準備しておくから、ゆっくりと……」 「楓さん」  振り向いて脱衣所を出ていこうとする楓を、恭平は呼び止めた。風呂場の中から指を伸ばし、半纏の袖をつまむ。 「その……一緒に、お風呂、入り……ませんか」 「ん?」  不思議そうな顔をして振り向く楓に、恥ずかしくなって視線をそらしてしまう。 「や、もっと、その、楓さんと……一緒にいたい、というか……」  いい年をこいて自分は何を恥ずかしがっているんだ。脱いだ服を持ってもじもじとしていると、視界の端で楓が牙を剥きだして笑った。 「それもよいな!」  ひょいひょいと着ていた服を脱ぎ、浴室に入ってくる。  楓に体を流してもらいながら身体についた泥を落とし、恭平は大きな浴槽に体を沈めた。 「はあー……」  いつの間にか冷たくなっていた手足の先からじわりと温かくなってくるのを感じ、恭平はため息をついた。  ようやく、人心地ついた気がする。  天井に上る湯気を見上げていると、背後から水音がした。後ろから太い腕が伸びてきて、背後から楓に抱きしめられる。 「恭平」 「はい」 「朝陽から……大体のことは聞いたが」 「……はい」  横を見ると、少し眉を下げた楓の顔があった。腰に回された腕に触れ、恭平は楓に寄りかかった。 「楓さんの言う通り、愛実と……また家族になろうと思ったんです。それが朝陽にとっても一番いいだろうと思って」  大きな手の上に、自分の手を重ねる。  ようやく楓に触れられた、と思った。指先から伝わってきた熱が、心まで染み込んでいく。  いや、ただ触れるだけでは足りない。やっぱり、この人と一緒に寝て、同じものを食べて、同じ時を過ごしたい。 「でも、俺たち……いや、俺はもう、楓さんがいないとダメなんだ」  すぐ横にある楓と目を合わせ、恭平は言葉を続けた。 「楓さん。俺は……ずっと、楓さんと一緒にいたい。将来子育てが終わってからとかじゃなくて……一緒に朝陽を育てる相手も、楓さんがいい。成長していく朝陽を一緒に見守って、その後もずっと……これからの俺の人生の隣に、楓さんにいて欲しいんだ」  楓の縦長の瞳孔が、少し開いた。  揺れた瞳が風呂の壁を見て、また恭平の顔に戻ってくる。 「し、しかしなあ、我は親にはなれぬ」 「ならなくていい。楓さんは楓さんだ」 「じゃが、朝陽は……」 「今日、一人でここまで来たのが答えだろ。朝陽にとって、『何かあった時に頼る相手』は楓さんなんだよ」  体を起こした恭平は、広い風呂の中で正座した。  真っ直ぐに楓を見つめ、大きな右手を握る。 「俺の伴侶になってくれ、楓さん」 「……っ」  楓のオレンジの目が潤み、そして細められる。その下の口が、ゆっくりと微笑みの形になった。 「……行く末まで」  鱗の生えた楓の背中に手を回し、恭平は楓に唇を重ねた。  さらりとした鱗の感触が、指先に心地よかった。

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