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抱卵

「最初の生命に雌雄はなかったではないですか」 「そうだね、しかしこの星で繁栄するためには必要な選択肢だったんだよ」 殆どの生命が地上で生活できなくなった現在。 海という広大な塩水から生まれてきた生命は、再び雌雄を手放すのではないか。 という考察は、教授によって呆気なく否定された。 「こうしてヒトが雄ばかりになっても、結局は雌の遺伝子が必要とされる。卵子なくして種の存続はできない」 「……私達の選択が自然繁殖の機会を奪ったというのにですか」 「そう、私たちは実に勝手な生物だよね」 そう言って教授はゆったりと椅子に座り直し、手を組みながらまぶたを降ろした。 変わり者と呼ばれる教授の元に通うようになってだいぶ過ぎた。 「来月のレポートを期待しているよ、岩永君」 ミコトは深く頭を下げて研究室を後にする。 国営繁殖センターに精子を提供し、誰かの遠い遺伝子を持つiPS細胞から創り上げた卵子と顕微鏡受精させ、人工子宮にて21ヶ月。 そして待望の子孫と対面。 国民の誰もが知っている合理的で潔白な生殖方法。 周囲も教科書も皆同じようにミコトにそれを事実として教えてきたが、良く良く考えれば違和感がある。 臨床実験では非常に着床率の悪い人工卵子。 それを育てるため、生殖細胞のひとつひとつを個々に観察し調整し、長い時間をかけて見守る。 原卵細胞を爆発的に増殖させる手法があったとしても、元が悪ければすべて無駄になってしまうのに……。 重たい足取りで帰路を辿りながら、ミコトはそっと自分の胸を撫でる。 分厚い服の上からは分からないが、大きな切開痕がそこにあった。 幼い頃に発覚した珍しい病。 それはミコトの臓器を蝕み、規定寿命の半分も満たずに活動を停止するだろうと言われていたらしい。 しかし今、こうして何の問題もなく生きている。 出生と同時に保管されていた細胞から、移植のための臓器を生成したのだ。 正確な事は判らないが、父が何としてでも助けようと資産の一部を削ってまで、自分を生かしてくれた痕跡。 人類の技術は神がかっており、不可能は無いのだと思い込んでいたから、非効率なことを国はしているのだと思っても、何の疑いもしていなかった。 休日の静まり返ったアカデミアの敷地から出て暫く、擬似的な冬を迎えた国立繁殖センターが遠目に見える。 再びあの元に行けるのは、もう暫く経ってからだ。 『さくやは おかあさんになる から』 そう言って脳内で微笑むサクヤ。 その言葉に嘘偽りがないのだとすれば、生殖可能個体であるサクヤは、恐らく、人工卵子かそれと同等、或いはそれ以上の何かを生成する臓器を持っている。 一体、どこで? 服の下まで見た訳では無いが、サクヤの身体はどう見てもミコトと同じ男である。 ……繁殖するための性別は雌雄しか無いと思っていたが、本当だろうか。 脳裏に浮かぶテキストの存在を思い返しても、そんな記載はどこにもない。 唯一あるとすれば、『発生初期におけるヒトの胚は、解剖学的な性別(XY/XX)に関わらず共通の未分化生殖腺を有する』この辺りか。 なんの卒もないこれまでのセオリーは美しいとすら思っていたのに、今ではどこか不気味に思える。 ズキズキと痛む頭を抱え、表札に手を翳して自宅の戸を開けた。 いつもすぐに出迎えてくれる父の姿が、今日はどこにもない。 「ただいま……父さん?」 「あ、ああ。ミコト、おかえり」 美しい淡い色の前髪が乱れて、ミコトと同じ色の瞳を疎らに遮っている。 「どうしたの、どこか悪いの?」 「少し心労がね、大丈夫だよ」 強く凛々しく、それでいて穏やかな父。 こんな姿の父を見たのは初めてだった。 「……大田原のことなんだが」 「父さんのパートナーのカズユキさんの事? なにか問題があったの?」 父は血の気の薄い唇を一瞬だけ噛み締め、そしてふっと緩めて笑う。 「パートナーシップの解除をすることになると思う」 子育てのため、ビジネスのため、家のため。 目的は様々だが個人間の強い繋がりを示すための制度を解消する、人生でそうそう起きることではない。 現に生物的な繋がりはないものの、大田原カズヒコは、ミコトにとってもうひとりの父のような存在だった。 「……なぜ?」 「適合したんだ、ミコトのように」 ゴクリ、と生唾を飲み込む。 以前適合者となったミコトは除外されているが、今日はAlphaの義務である検査日であったことを思い出す。 アカデミアに人がいなかったのはこれが理由だった。 「国は、みんな、私から奪っていくね」 そう寂しそうに呟く父に、何も言えなかった。 自分の命だって投げ出したって構わないと、疑問もなく思わせるサクヤが脳裏であどけなく笑う。 ほんの、ほんの少しだけ胸に湧く畏怖。 「カズヒコも来月から出向になるはずなんだ。ミコト、彼の代わりに仕事を手伝ってくれるかい?」 それも一瞬で掻き消される。 大田原は誰と適合したんだ、まさか。 父同然の彼に対する殺意のようなものが、身体に疾走る。 「もちろんだよ、まかせて」 ミコトは父から目を反らして、気付かれぬように手のひらに爪を立てた。

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