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誘発
Physiological Prematurity
国会図書館のデータから、この言葉を目が拾った瞬間に感じた、言い表せない程の戦慄。
まるで検閲から逃れたかのように、ひっそりと資料の隅に残っていたコレ。
見方を変えれば見つけられるのを待っていたのかもしれない。
当然この世に〈生理的早産〉で生まれてくる生物など一種として存在しない、けれども。
『よく見つけたね、偉い。流石はオレのAlphaだ』
頭の中に巣食ってしまったイマジナリーサクヤが過剰に褒めるので、きっとコレはサクヤに関連する事なのだろうと、思う。
最近のミコトの身体は異常だった。
成人を迎え、保護者である父にバイタルチェックをされなくなって久しいが、管理AIからは都度に精密検査を勧められる。
感情の高まりによる心拍数の増大と、血圧の上昇。
どれもこれもサクヤ由来で、身体が徐々に作り替えられていくような錯覚だった。
物凄い劣等感を抱え、一生の心拍数は決まっているから穏やかに、泥濘に嵌りながらぬるぬると生きていく。
ほんの少し前まではそれでいいと、思っていたのに。
ミコトは深く息を吐き、グリグリと眉間を押さえつけながら、立ち上がろうとデスクに手を付いた。
コツン、と指先が箱にぶつかる。
大田原から“誤って”渡された、大田原製薬が国に納めているホルモン剤の、サンプルの箱だった。
【医薬品名】
遺伝子組み換えヒト性腺刺激ホルモン皮下注射用製剤(国策販売名:リコンビナント精巣刺激因子・ソルーションペン)
【内容量】
1ペン(薬液 1500IU 充填 / 専用交換針14本同梱)
【警告・国策指示】
本剤は、国家生殖機能維持計画(精子形成不全・無精子症対策)に基づく指定管理対象医薬品である。投与対象、投与量、および投与スケジュールは、必ず中央厚生局の個別指示命令書に従うこと。
【用法・用量(一般男性用マニュアル)】
通常、成人男性には1回75IU-100UIを週3回、皮下注射する。症状、検査データに応じて適宜増減するが、連続投与期間は最長1ヶ月間(4週間)とし、その後必ず精液検査を行うこと。
……これは国立繁殖センターに行けば診断によっては一般人でも購入可能なものだが、大田原が“誤って”渡した所以は中身にある。
ミコトは再び椅子に座り直し、その中身をバラバラと机上に開ける。
説明書、大量の清浄用脱脂綿とともに、転がり出るペンシル本体。あくまでもサンプルであり、薬液は充填されていないし、交換尾用の先端も入っていない。
仮に1ヶ月間接種していたとしても1500UIは必要ないのだが、大して不審ではない。
異様なのはその、ペンシル本体だった。
自己注射が可能なそれは針先と反対側に摂取量を調節できるダイヤルがあるのだが、空打ちのための25の次は100、そして300の表示しかなかった。
つまり、恐らく一度に300UI接種する可能性が想定されているのだ。
調べによれば男性の精巣にこんな超高濃度を打ったら、ホルモンパニックで精巣が壊死するか、逆に男性ホルモンが出すぎて別の病気になる。
『ああ、誤ってこちらを持ってきてしまったね……これが一番取り扱いが多いから、つい』
とニコリと微笑む大田原が脳裏に蘇る。
結局彼に教わったも同然になってしまったが、このホルモン剤は国の隠匿している生殖可能個体……サクヤ達に摂取されているのだろう。
旧技術世代の臨床実験記録は軒並み検索しても出てこなかった。
しかし、これでサクヤが歪に腹を膨らませている理由は分かった。
分かってしまった。
サクヤは腹を膨らませる程の大量の真珠を育て、サイランされて、どこぞの男の生殖細胞と結合されている。
そしてそれが、この世界の何処かで、生命として産まれる準備を、しているのだ。
ミコトは分厚いコートを手に、家を飛び出した。
この感情はどうしても言い表せない。
身体の一つ、細胞の一つだって誰にも渡したくない、サクヤはその全てが一つ残らず自分の、自分のだけのものであるべきなのに。
それでもサクヤは愛しそうに腹を撫で、母になるのだと、笑っていたのだ。
サクヤと出会い、“お勤め”が始まり、あと幾日も経たずに3年。
人工子宮で行われる一般的な生育期間は21ヶ月。
つまり。
いくつかある幼児舎に、公共施設に、すれ違う他人の家の中に、どこかに、サクヤの卵から生を受けた幼子たちがいる。
正確な数すら分からない、しかしそれは今後も増えていくことだけは確かである。
ふらふらと彷徨う脚は、吸い寄せられるように国立繁殖センターの下まで来ていた。
年に4回鮮やかな色彩で輝く桜は丁度、芽吹き始めている。
閉ざされたコロニーの中で唯一春を知るドームの地下、ミコトが今いる真下に、サクヤはいるのかもしれない。
カッと熱くなる目頭を襟巻きに押し付けるも、間に合わなかった雫が一粒、自分の脚元に落ちた。
そして気付く。
自分自身も、誰かの大切な繁殖可能個体から、生命を半分授かってここに居るのだと。
◇
「父さん、試作ライン貸してほしい」
「随分急だね、どうしたの?」
パートナーを失って暫くは本調子ではなかった父はすっかり元通りになっていた。
その心の拠り所を新しい何かで埋めたのかもしれないが、何も聞かない。
興味が無い訳ではないが、父の幸せを願っている、というのが本心だ。
「目処はないけど掛かった費用は返すから、研究資金の援助もして欲しいです」
そんな無謀なことがミコトの口から飛び出すと思っていなかったのだろう、父は驚きつつも額に手を当てて大いに笑った。
「いいよ、共同研究ってことにしようか」
その一言で腹は決まった。
父のように優秀な人物ではないし、特段に頭が良いわけでもない。
だが現状は成り振り構っていられないので、ミコトは数年前まであんなに抵抗感のあった親の力までもを、最大限に使用すると心に決めた。
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