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創造
『果物が好きかな』
一般的な労働階級のみならず、その上の人々にとっても気軽に食べられるようなものではない果実。
それをまるで消去法のように好きだというサクヤ。
果物の流通は有名な老舗がほぼ独占しており、一から栽培するには割に合わないし、なおかつ美味しくはできないだろう。
『肉も好き、ミコトのお父さんが作ってるんだよね』
岩永合成食肉会社も負けず劣らずの老舗ではあるものの、サクヤのために、が出来ない。
結局のところ、この狭いコロニーには土地もなく、既存のものはほぼ独占されている。
勝負するのならば、何か新しいものがいいのだろう。
幸いミコトには父の会社という最強の設備があるため、ハードルは低い。
『口に入れるなら美味しいものがいいよね』
サクヤが普段どういったものを口にしているのか、容易に想像はつく。
繁殖可能個体として徹底的に管理され、健やかな身体を惜しげもなく晒すサクヤは。
適切に紫外線を浴び、身体を動かし、栄養を補給し、十分なほどの睡眠時間も与えられ……そんな生活を送っている。
『栄養剤? 流石に知ってるよ、たまに出てくるし』
一般市民の殆どが食に興味を示さず、適切で適正で適当な価格の栄養剤を適宜摂っているなんて、思いもしていない可能性もある。
『錠剤は飲み込み難いから好きじゃないかな』
サクヤがもしこちらの世界に出てきたら……好きではない錠剤で、日々を過ごす事になるのだろうか。
そのうち身体が配給錠剤を受け付けず、餓死する可能性もあるのではないか。
『食べることは好きだよ』
自分のところに来てくれるのならば、その一生を、十分な食事で満たす義務が発生するのだろう。
どちらにせよ資金は必要だ。
『甘い物は幸せな気持ちになるよね』
ならば新しい甘味を作ろう。
サクヤが好きだと言っていた、果実に似た何かを。
『噛んだ瞬間に甘みが広がるの』
内部を保持するための、外殻が必要だ。
カプセル状にして、噛んだ瞬間に、理的圧力で外殻が一気に弾けるようにしよう。
同時に水分と甘味が口内に広がるようにするためには、フィルムが適切かもしれない。
『噛み応えがあるといいよね』
父の会社で、可食性ナノセルロースの試作廃棄分を流用してみよう。
肉には不向きだったが、果実ならば植物のような食感が好まれるはずだ。
『食べるのならば栄養価も高いほうがいいね』
食材に栄養価を添加する技術はあっても、その栄養価を作り出すコストがかかる。
そもそも、嗜好品に栄養価は必要か?
『配給錠剤の代わりになるくらいの』
ならばその配給錠剤の栄養価を奪えばいい。
例えるならば、そう、水に溶かした配給錠剤を全て吸収するような……。
『口の中で水分が溢れるの、美味しそうだね』
方針は決まった。
「水を吸って伸びる外皮が必要だね」
大和田製薬が開発していた遅効性フィルムを化学的に分解した。
本来なら、水に触れても溶けず、胃までしっかりと届けて薬剤の効能を発揮させるためのフィルム。
それを水に触れた瞬間に、全爆発する過激な即効性フィルムへと逆改造させてもらった。
「本体は水分を吸って蓄える形状にしようか」
水分子を一気に吸い上げて、シャキシャキの果肉にするため、ナノセルロースをスポンジ状に構築。
「錠剤の臭いも打ち消せたらいいよね」
実際に臭いを打ち消すことは難しかった。
なので核であるスポンジ部分を、分子認識ナノポアにした。
微細な穴を大量に開けることにより、苦味、生臭さ、栄養素の分子だけを物理的にトラップすることが可能。
胃の中で溶けるため、栄養価は変わらない。
多少吸収が早くなるのと、嘔吐した場合に錠剤の味が込み上がってくるくらいで支障はないはずだ。
「サクヤは甘いのが好きだよね」
旧時代の果実は甘味だけでなく酸味も豊富に含まれていたらしいので、配給錠剤の効能を打ち消さない程度にビタミン剤を加えた。
そして、甘味と香料。
脳が痺れるほどの甘さは、誰の口にも感じられるように調節した。
しかしそこに。
認可されている人工甘味料と香料を徹底的に調合して作り上げた、成人Alphaなら必ず嗅いだことのある、あの甘い匂いに寄せたものをほんの少し混ぜる。
より強い香料で上書きしたため、気付くかどうかは分からない。
サクヤを食いたいという欲望を反映させてしまったが、概ねうまくいったと、思う。
◇
ミコトは作業台に設置された生体情報モニタのセンサーを自らの左手首に装着すると、滅菌済みのガラスビーカーを取り出した。
配給されたばかりの緑色の錠剤。
大人ひとりが一日に必要なアミノ酸、糖質、ビタミン、そして最低限のミネラルを強引に圧縮した国民の主食である配給錠剤。
それをビーカーに落とし、地下循環ろ過水を注ぐ。
マグネチックスターラーのスイッチを入れると、白い回転子がカチャカチャと音を立て、硬い錠剤を嫌な濁り水へとすり潰していく。
本来なら、この錠剤を胃に流し込み、数時間をかけてじわじわと胃液で分解させ、少しずつ小腸へ送り出すのが標準的な栄養摂取法だ。
人間の消化器官は、この激マズな固形物を処理するために、無駄なエネルギーと時間を費やすようにできている。
ミコトはその濃縮された濁り水の中へ、小さな粒を一つ落とす。
禍々しい程の赤を凝縮した、丸い真珠のような粒。
それは水の中で一気に膨らみ、水分も養分も残らず吸い上げてしまった。
大きさは親指の第一関節ほど。
表面は果実とは程遠いものの、深い朱色を帯びている。
内部に閉じ込めた人工甘味料と香料の香気が、微小な隙間から漏れ出し、無機質なクリーンルームの匂いを一瞬で塗り替えた。
ミコトはその赤い球体を、恐る恐る、口へと放り込む。
直後、爆風のような甘みが口腔内を支配する。
そしてシャキシャキとした繊維が歯に心地よい抵抗を与え、まるで本物の完熟果実の果肉を噛みちぎっているかのような錯覚が脳を揺さぶった。
配給錠剤特有の生臭さも、喉に張り付くような苦味も、一切ない。
本体の微細構造が、悪臭と苦味分子を逃さずに、舌の表面を、きちんと素通りさせている。
噛み砕かれたポリマーの残骸は、最後まで甘味を伴ったゼリー状の皮となって、喉の奥へと滑り落ちていった。
異変が起きたのはその数秒後だった。
ピピ、ピピ、と手首の生体モニターが電子音を刻み始める。
ミコトはモニターのウィンドウに目をやった。
リアルタイムで更新されるバイオデータを示す折れ線グラフが、あり得ない角度で垂直に跳ね上がっていた。
「……あ」
喉の奥から、カッと熱い塊が込み上げてくる。
脈拍数が一気に跳ね上がり、視界の端が明瞭に発光する。
クリーンルームの無機質な蛍光灯の光が、まるで祝祭の眩しい光線のように網膜へ焼き付く。
脳が一斉に火花を散らした。
経験したことのない強烈な多幸感と、全身の毛穴が開くような浮遊感がミコトの体を駆け抜ける。
「っ……はっ……」
ミコトは作業台に両手をつき、荒い息を吐いた。
頭が真っ白になる。
指先が微かに震え、全身が足りないと叫んでいるかのような、底なしの欲求が胃のあたりから湧き上がってきた。
思い当たる節はある。
配給錠剤は本来、胃の中で数時間かけて徐々に分解され、小腸へ少しずつ栄養を送り出すように設計されている。
しかし、このカプセルは違う。
水に溶かした状態の栄養素が、胃での分解プロセスを完全に省略している。
液体状の栄養が胃を通り抜けて小腸へダイレクトに吸収され、異常な速度で血中へと爆発的に吸収されたのだ。
「急速吸収、と、血糖値スパイクだ……」
脳が強烈な甘みを感知した直後に、体内に染み渡る栄養素。
ミコトは荒い息を整えながら、手首のモニタの数値をゆっくりと見つめた。
冷や汗が額を伝い、ポリマーの混ざったデスクへと落ちていく。
『甘い物は幸せな気持ちになるよね』
サクヤの笑顔が、脳内でリフレインする。
ミコトは濡れた唇を指で拭うと、俯ききながらふっと口元をほころばせる。
「……そうだね、サクヤ。甘いものは、人を幸せにする」
これが危険な欠陥であることは間違いない。
サクヤがこれを口にすれば、空腹を満たすだけでなく、ミコトの与える「果実」なしでは生きられない体になる。
サクヤの脳に、自分の作った甘みが至高の快楽だと焼き付けることができる、できるのだ。
そしてまるで、この感覚はサクヤに恋焦がれる自分のものと同じだった。
「これも理性に抗えない本能だね」
魔法のような媚薬。
きっと欲しがる人間はたくさんいるだろうが、あまりにも危険過ぎる……。
しかしミコトは残ったカプセルを破棄処分しようとした手を、ふと、止めた。
褐色をした遮光の瓶の口いっぱいにまで小さな粒を押し込み、蓋をして、デスクの引き出しへとそっと入れる。
「この試作品は破棄したよ、次はもう少し体内での吸収に時間を掛けるように調整しようか」
ミコトはそうAIに伝え、作業台の上に残った試薬のボトルを引き寄せると、次のカプセルの製造ラインを稼働させた。
◇
そうして出来上がったのが、この淡い、桜色をした小さな粒だった。
正式名称は超高分子ナノポア可食性カプセル。
〈sakura〉と名付けられたそれは売れに売れた。
名付けに関しては地上思想ではないかと国から少し突かれたが、怒られる程ではなかった。
クソまずい配給の栄養剤を水に溶かしてカプセルを入れるだけ、失われた地上の果実のような甘さと瑞々しさが口内で弾ける。
というだいぶ大人しくなったコンセプトの嗜好品。
己の欲望とサクヤのために開発に至ったこの人工果実カプセルは、それはもう莫大な大金を注ぎ込んで創られた。
父と大和田の技術もふんだんに使用したがために、一般販売に漕ぎ着けた最初の頃はどうあがいても富裕層しか買えない値段設定だった。
目的が不純だったため、売れなくても構わない、失敗したら父の会社で奴隷のように働けばいい、それくらいの意気込み。
ただ、サクヤに食わせるにあたり、大金を叩いて国の審査を通す必要があった。
香料の件でとやかく言われるかと思ったが、父の会社の名前が連なっていたためか、思ったよりもスムーズに事は進んだ。
sakuraは異端だった。
跡取りの道楽息子が作った快楽カプセル、と噂され始め、そのうち合法ドラック、大麻カプセルと呼ばれるようになった。
しかし、寧ろそれが物好きの道楽息子たちの目を引いた。
配給錠剤を吸わせて膨らむ果実に、滅多なことでは提供されないアルコールを吸わせる遊びが流行ったのだ。
完全な想定外だった。
食に興味がないと思っていた国民は、結局のところ娯楽に飢えていたということだろう。
国立繁殖センターに販促という名目で大量にサンプルを持ち込んだ結果、無事サクヤの口にも入った。
サクヤの個人的な好みで作ったのだが、同じ環境下で育った他の繁殖可能個体にもウケが良かったようだ。
そしてその適合者である、恐らく金も権力ももっているAlphaたちの間でも人気が出たのが決定打だった。
国の検査も通したお墨付きということで更に売れた。
漏れなく日下部木工所の代表もわざわざ会社まで出向いてくれたのは、必然だったのかもしれない。
そして薄っすらと、彼の家には退役した元繁殖可能個体がいて、彼はその愛を一身に受けているのだと、理解してしまった。
自分には何かがまだ足りないのだろうけど、なにが足りないのかもすら分からず。
それでも次にサクヤに会えるまで、ひたすらに働くしかなかった。
作れば即売を何度も繰り返し、昼夜問わず工場を稼働した結果、徐々に価格も下がった。
一般家庭の時々の贅沢、とまでは行っていないが、富裕層以外にも徐々に広まりつつある。
「生産ライン増やすの?」
「そうしたいけど思案中。稼げるだけ稼いでおいた方がいいかなって思うけど、土地も機材も高過ぎる」
「賢明な判断だと思うよ、うちの不採算部署買い取って流用してみる?」
父の会社をじわじわと侵食しているというのに、更にそれを進行させようとする意図がミコトには掴みきれなかった。
経営センスのない自分より、父の言い分に従うほうが的確なので言われた通りにした。
遊びのような会社は軌道に乗ってしまい、父に勧められるまま、優秀な社員の引き抜きをしたりと、道楽の会社は体裁を整え始めた。
「俺こんなに大きいの背負えないけど」
「ミコトが継ぐ予定の会社はこれよりも大きいのに?
父がそうからかうように笑うので、ミコトもとうとう腰を据え始めた。
以前のように、誰か優秀な人物をパートナーに据え置いて……という考えは霧散していた。
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