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第11話 猫パンチの威力は増すのか
「親父さん、僕も格闘技の基礎を少し学びたいんですが」
「お前のことは護衛が守る。あいつらの守りは鉄壁だ」
「それは分かってるんですが、僕も男として基礎くらいは心得たいっていうか、祥吾さんから猫パンチっていわれるのもしゃくなんで」
「猫パンチか、ははっ、ははっ」
笑い出す東吾、そこまで笑わなくても……。そして三角も声こそ出さないが体を震わせている。笑いをこらえているのだろう。水着の時もそうだったが、この人以外にも笑い上戸かも……。
恨めしく思うけど、猫パンチで笑われるのは仕方ない、だからそれを正したいのだ。
「いや、いいんじゃないかあいつにはそこが可愛いいんだろ」
いや、だからそれがしゃくなんだって、結人は益々恨めしく思う。
「あのですね親父さん、僕はかりにも一家の跡目の伴侶なんです。つまり一家の姐ですよね。それが可愛いだけでいいんですか?」
「お前は顧問弁護士でもあるからな」
「それだって、可愛いとか弱々しかったら通用しないってこともあるでしょう! これは僕の矜持の問題でもあるんです!」
結人が真剣に言い募ると、笑っていた東吾の表情も引き締まる。
結人の言う事も一理ある。女である姐も可愛いだけの女では務まらない。男顔負けの度胸がいる時もある。まして、結人は一応男だ。これから姐としてやっていくのに、猫パンチでは矜持が保てないと思うのも当然ではあるか。
「なるほど、お前の言う事ももっともだな」
東吾の同意の言葉に結人の顔が輝く。
「だからですね、吉沢や古井に基礎を学びたいと思ってるのです」
「いいんじゃないか」
「それで、親父さんにお願いなんですが、祥吾さんには内緒にしたいんです」
「なんでだ?」
「驚かせたいんです。猫パンチだってからかわれてしゃくなんで」
「吉沢たちには断られたんだな」
「はいそうです。命令違反になることはできないと言われました。なので親父さんから彼らに命令していただきたいんです」
「お前も極道の在り方が分かってきたな」
海の時もそうだったが、祥吾が壁になる時は、東吾を頼って来る。東吾が一家のトップで、極道にとってはそれは絶対。常には東吾に対して減らず口もたたく祥吾だが、組織において東吾の命令には絶対服従を貫いている。それを結人はしっかり理解している。だから東吾を頼る。
東大出なんだから当然ではあるが結人は賢い。しかし、それだけでは一家の姐としてはやってはいけない。顧問弁護士としてもだ。
東吾は結人の顔を見つめながら考える。思い通りにしてやるか……結人が姐としてやっていく助けになるだろうとも思う。
吉沢たちに基礎を習ったからと言って結人の攻撃威力が強くなるとは思えない。そっちの才能が無いのは明らか。だが、本人も言うように男の矜持のために、精神的な強さを養うにはプラスだろう。
今は祥吾をはじめ皆でがっちり守っているが、いずれ極道の修羅を経験するかもしれない。その時腹を据えて立ち向かうためにも役立つだろうし、受け身くらいは教えておいた方がいいだろう。
「分かった、吉沢たちにはわしから言っておこう。先ずは構えから習って基本を身に付けることだな」
東吾も極道の長として当然その心得はある。普段は全く見せないが、本気を出したら祥吾に負けず劣らずだ。それは、物静かな三角も同じだ。それからいっても、結人にも基礎くらいは身に付けさせるべきだろう。
「分かりました。頑張ります。それで、祥吾さんには内緒の件もお願いできますか?」
「ああ、それも言っておく」
「ありがとうございます」
自分の願いが叶い晴々とした表情の結人。
東吾は結人の願い通り、祥吾には内密にと命じはするが早晩気付くだろう。気付かねば、結人の亭主として、一家の跡目として失格だ。
問題はその後だ。気づいた時祥吾はどうでるのか……楽しみだ。祥吾の度量の大きさも試されるからだ。極道の跡目は世襲だからと安易な気持ちで務まるものではない。それでは今の時代生き残れない。
我が息子に四代目としての器が備わっているのか? 心配はしていない、それを示してくれ、そう思うと自然に笑みがこぼれるのだった。
————
「先生、先ず最初に構えを覚えて下さい。それが基本です」
今日から吉沢と古井から格闘技の基礎を教わるのだ。結人は神妙な顔で聞く。
そういえば親父さんも先ずは構えから習えと言っていた。それが基本だと。
「構えからなんだね」
「そうです。それで基本の型を身に付けます。正しい姿勢でないと攻撃できないので」
「そうか、なるほど。ではよろしくお願いします」
頭を下げる結人に、二人は居心地の悪さを感じる。
沢村、吉沢、古井の三人は会長に呼ばれ、直々に命令されたのだ。結人に格闘技の基礎を教えろと。
早晩気付くだろうが、当面祥吾には内密にとも命じられる。会長の命令ならば当然応じるが、先生と呼ぶ人に教えることは、若干の違和感を感じるのも事実。
それにしてもこの人凄く嬉しそうだな。自分たちに断られ、わざわざ会長にまで手を回したってことは、よほどパンチの威力を増したいのか……。
正直この体ではさして強くなるとは思えないし、強くなる必要もないとは思うが、まあ一種のストレッチの感覚でいいのかとは思う。
二人と沢村は、予め結人にどう教えるか話し合った。本来格闘技は実践的なものだが、結人には必要ない。下手な事して怪我でもさせたら、それこそ大変だ。
そしてでた結論、とにかく基礎をしっかり覚えてもらう。そうすればある程度の力は増すし、受け身も覚えられる。いざという時に、受け身を知っているといないとでは随分違うのも事実だ。
「構えを覚えたらフットワークです。構えを崩さず前後左右に移動するステップを覚えて下さい。こんな風です」
吉沢は自分で見本を見せながら丁寧に教えていく。
「こんな感じでいいのかな? 結構難しいね」
「最初はそうですね。でもむやみやたらにパンチを繰り出しても効かないんですよ。きちんとした構えからのパンチは威力が違うから、ここはきっちり覚えて下さい」
成程、だから僕のは猫パンチって言われるんだ。よーしっしっかり覚えるぞ! と俄然やる気が出る。
「先生、やる気満々ですね」
横で見ていた沢村が声かける。
「まあね、少しはパンチの威力を増して祥吾さんの鼻を明かしてやりたいからね」
祥吾が鼻を明かすかどうかは分からないが、結人の努力する姿は偉いと思う。相手が祥吾なんで、結人のパンチの威力が増しても簡単にかわすだろうが、努力は認めると思う。
この日から結人は、祥吾の留守を狙って猫パンチの威力増しに励むのが日課になった。果たして猫パンチの威力は増すのか……それはまだ先のこと。
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