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第12話 結人の天敵
「でっ、出たーっ!」
鬼神一家朝の静粛は、大きな叫び声で破られた。
すわっ、討ち入りかっ! と皆が声の在りかへと急ぐ。相川など朝食準備中手にしていた包丁を持ったまま出てきたくらいだ。
「何がでたっ!」
「先生!」
騒然としている中、祥吾も血相変えて飛び込んでくる。
「結人! どうした?!」
「出たっ!」
「何が?」
「ごきだよっ! あっち行った!」
そう言って抱きついてきた結人は少し青ざめ震えてもいる。ごきってゴキブリだよな、そんなに怖いのか!?
「ごきって、ゴキブリか? どこに出たんだ?」
「だからあっちに行ったって! 僕マジで苦手なんだよ!」
そう訴える結人は若干涙目だ。本当に苦手なんだろう。
ゴキブリが怖いって、お前は女か! そうだ俺の嫁だった。やっぱりこいつは俺の嫁だと、庇護欲がメラメラと湧き出る。
結人が格闘技の基礎を習いだしたことを、祥吾はほどなくして気付いた。
結人の繰り出したパンチが型にはまったもので威力も若干増していたからだ。と言って、子猫が親猫になったくらいのものだが……。
吉沢たちを問いつめて真相を知ったが、結人には知らぬふりをしている。
結人が今から格闘技の基礎を習ったからといって、たいして強くならないのは明らかだが、それで気がすむならという思いもある。基礎を知って、受け身くらい身に付けておくのは、悪いことではない。
結人本人の男としての意識も慮り、いわば静観の構えでいたのだが、これか……。
「ゴキブリあっち行ったならもういないぞ」
「だからあっち行ってまた出たらどうするのっ! それにフルネームで言わないで気持ち悪い」
フルネーム? ゴキブリってフルネームなのか? 笑い出しそうになるが、ここで笑ったら絶対に結人の怒りをかう。下手したら家出すると言い出しかねない。
「分かったGだ。心配するな、二度と再びお前の目に触れさせないよう対策する」
「絶対だよ、ほんとにマジ駄目だから」
「ああ、大丈夫だ」
祥吾は結人を抱き寄せ、宥めるように背中をさすってやる。そして視線をその場に集まった皆へ送り、結人と二人でその場を離れた。
残された者たちには、当然祥吾の送った視線の意味は分かっている。ゴキブリ退治だ。結人があそこまで怖がるゴキブリ、祥吾の言葉通り二度と再び登場させてはいけない。徹底的に排除しなければならない。
住み込みの若い衆の本日の優先任務、ゴキブリ退治。早速必要なものを買い出しに行くと決まる。
「いいか、ゴキブリホイホイは駄目だぞ」
相川の言葉に皆が意外そうな反応をする。
「えっ、どうしてですか?」
「あのな、あれは中でGが捕まるだろ。そんなものが先生の目に入ったら駄目だろ」
あーっ、確かにさっきの反応だとそうだな、さすが年長者だ。そこまで気付かなかった。これはというかこれも相川の指示で動くのが間違いない。
「えっと、じゃあ何を買ってきますか?」
「ゴキブリ団子だ。あれを置くと姿が消える。確か今はそれの強力な奴があるはずだから、大量に買ってあっちこっちに置く。それと、万が一現れた時にシューっと殺せる殺虫剤。それもあっちこっちに置いて見かけた奴が即座に駆除する。先生の目に入る前にな」
早速若い衆三人でドラックストアへ買い出しに行く。一店では足りず三店周り、それこそ買い占める勢いで買って来て、速やかに配置させるのだった。
皆が思った、やれやれこれで、二度と再びGは鬼神一家には現れないと。
「結人、安心しろ。Gはうちの本宅出禁になった。二度と再び現れない」
「うん、分った。それでさあ……」
「……何だ?」
「Gが一番苦手だけど、親戚も嫌いってか苦手なんだよ」
「親戚? Gに親戚いるのか?」
「いるだろ、同じ黒光ってるの。ああ嫌だっ! 思い出すと気持ち悪くて鳥肌立ってきたっ」
同じ黒光り? 祥吾には全く意味が分からず、ぽかんとする。
「もーっ、だからカブトムシとクワガタっ!」
えっ! カブトムシとクワガタっていつからゴキブリの親戚になったんだ?! 益々ぽかんとする祥吾に結人はいらだつ。
「もーっ聞いてるの?!」
「ああ聞いてる。なるほどあいつら親戚なんだな」
「似てるでしょっ!」
似てるか? 似てないこともないか……。ちょっと飛躍しすぎてないかとは思うが、結人は真剣だ。
日頃弁護士として理論的な結人の意外な一面。啞然とする気持ちもあるが、ここは真面目に対処しないと、それこそ家出されかねない。
思い切った時の結人の行動力は馬鹿にできない。祥吾はそれを身をもって知っている。
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