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#03 コマンド増幅カラー

ミッドタウンの超高層ビル。 そのあまりの巨大さに見上げていると、隣にいたレイン課長の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。画面を見た課長の顔が、瞬時に引きつる。 「あ、もしもし! はい、すいません! すいません、今すぐ向かいます……!」 どうやら現場でトラブルが起きたらしい。課長は携帯を耳に押し当てたまま、ジェルーシャに向けて小さく手を挙げると、振り返ることもなく脱兎(だっと)のごとく走り去ってしまった。 「ちょっ……待ってくださいよ……!」 引き止める声も届かず、課長の背中はまたたく間に人混みへと消えていく。ポツンとその場に取り残されたジェルーシャは、小さくため息をついた。 「仕方ないな、一人で行くか……」 気を取り直して足を踏み入れたロビーは、息を呑むほど洗練されたガラス張りの巨大な空間だった。大理石の床は鏡のように磨き抜かれ、行き交う人々は誰もが隙のないエリートのオーラを纏っている。ジェルーシャは場違いな恐怖に圧倒されそうになりながらも、なんとか背筋を伸ばし、中央に構えられた立派なフロントへと歩み寄った。 「おはようございます。ご用件をお伺いします」 「あ、おはようございます。本日よりお世話になります、ポニー・スタッフサービスから参りましたジェルーシャと申します」 ジェルーシャがそう名乗った瞬間だった。受付嬢の顔から、まるで仮面を剥ぎ取るようにして「満面の笑み」が一瞬で消え去った。 「……は?」 彼女の美貌が冷酷に歪む。 「ああ、ポニーさんね。あんたはココじゃない。車寄せの先、裏手に警備員のいる受付があるから、そっちだよ」 「えっ……あ、すいません……」 胸を突き刺すような容赦のない一言。周囲の冷ややかな視線が一斉に突き刺さる。恥ずかしさに顔が引きつるのを感じながら、ジェルーシャはすごすごとフロントを離れた。 建物の裏手へ進むと、そこは開けたコンクリート敷きの車寄せになっていた。その先には、言われた通りの警備員が詰める通用門が見える。 だが、その手前には、マンハッタンのど真ん中にはあまりにも不釣り合いな、異様な光景が広がっていた。息詰まるような厳しい暑さのなか、そこに停められた大きな黒塗りの車の脇で、まるで我が物顔で水遊びでもするかのように、きゃっきゃと楽しげな声をあげてホースの水を撒き散らしている二人組がいるのだ。 巻き込まれないよう、その脇を小さくなってすり抜け、奥の通用門へ向かおうとしたまさにその瞬間だった。 シュオオオオッーーーー!!!!! 「ひっ……!?」 前触れもなく、猛烈な水圧の塊が正面から激突した。息をする暇すらなく、頭から大量の水を浴びせられる。視界が真っ白になり、あまりの衝撃にその場にへたり込みそうになった。 「きゃっ! お兄様、大変だわ! そこの通行人に水がかかっちゃったわ!」 わざとらしく甲高い声が響く。ホースの蛇口が閉められ、もう一つの低い声が白々しく応じた。 「おや、それは大変だ。すぐに中へ招き入れて、着替えていただきなさい。あとは任せたよ、ジュリア。私はまだ、この車を洗わなくっちゃいけないからね」 「分かりましたわ、お兄様。お任せください」 そう言うと女は顎でクイと通用門を指した。 傍に控えていた黒いメイド服の三人組がジェルーシャを取り巻くと、抱え込むようにして通用門へと引きずり込んでいく。女——ジュリアから放たれる微かな威圧感に、ジェルーシャの身体は本能的に強張った。膝が内側に寄り、抵抗しようという意志が、じわりと削がれていく。 「あの……ポニー・スタッフサービスから参りました、ジェルーシャと申します……っ」 「ええ、もちろん知っているわよ。ずっと待っていたんだから。さあ、早く早く、中へ入りなさい」 ジュリアのその言葉に、ジェルーシャはまるで自らの意志で従うように、迷いなく役員専用のエレベーターへと歩み進めた。一気に最上階へ昇り、案内されたのは、息を呑むほど広大で豪華な、プライベートバスルームだった。 「ようこそ、ジェルーシャ・アボット」 女は、その冷えた琥珀色の瞳でジェルーシャを値踏みするように眺め、優雅に笑った。 湯気が立ち込める大理石の部屋。そこに置かれた豪華な椅子に、女は優雅に腰を下ろした。まるでショーの観客のように。 「さあ、脱がせなさい。全部」 メイドたちがジェルーシャの濡れた衣服に手をかける。ジェルーシャはとっさに身をよじった。 「……自分で脱げます!」 「あら、物わかりがいいのね」 椅子に深く腰掛けた女が、愉しげに目を細める。 しかし指先はどこか強張り、ボタン一つ満足に外せない。女は退屈そうにため息をついた。 「……やっぱり、シータ、手伝っておやり」 メイドのシータが恐る恐る近づき、ジェルーシャの服を剥ぎ取っていく。水で張り付いたシャツがはがされ、白く細い上半身が露わになる。ズボンも下着も、容赦なく引き下ろされた。 ジェルーシャは両手で大切な部分を隠しながら、耳まで真っ赤に染まった。生まれたままの姿を晒される羞恥に、体が小刻みに震える。首筋が熱を帯び、下腹部がわずかに疼く。Domの視線に晒されたSubの身体が、勝手に反応してしまう。 「ふふ、なにを恥ずかしがっているの。……ほら、その手をどけなさい」 ジュリアの冷酷なコマンドに、ジェルーシャはブルブルと首を振り、必死に腕で身を守ろうと身を縮こまらせた。 しかし、その必死な抵抗が滑稽に映ったのか、ジュリアはかえって楽しげにふっと息を漏らし、面白がるように目を細める。 「おや?生意気に抵抗するんだね」 そのねっとりと這うような視線は、まるで値踏みをするかのようにジェルーシャの全身をなめ回していった。 「まあいいわ、じきにゆっくり躾けてあげる。…… シータ、この束子(ブラシ)で、徹底的に洗いなさい」 女が床に投げた亀の子タワシを、シータは震える手で拾い上げた。 「え…… 束子(ブラシ)で、ですか……?」 「口答えする気?」 女は優雅に腰を上げると、無言のままシータの至近距離まで歩み寄った刹那—— パァンッ!!! 鋭い破裂音がバスルームに響き渡った。容赦なく頬を打たれるシータ。 「いいから早くおやり」 シータは涙目で束子(ブラシ)を拾い上げると、シャワーのお湯が降り注ぐなか、震える手でジェルーシャの肌に押し当てた。 ガシガシと擦られるジェルーシャの白い肌は、やがて真っ赤に腫れ上り、ところどころから血がにじむ。すると、シータの手がぴたりと止まった。 「どうしたのシータ、私の命令(コマンド)が聞こえないの? Subのくせに私に逆らう気?」 ジュリアの冷酷な声が響いた瞬間、ジェルーシャはすべてを察した。 (この子……僕と同じSubなんだ。そして、この女の人は——) だから自分もさっきから、この理不尽な状況に素直に言いなりになっていたのだと自覚する。自分がDomの力にまったく抗えないSubなのだという現実を、ジェルーシャはただ静かに突きつけられていた。 絶対に逆らえないはずのコマンドを前にして、それでもシータの手が止まっているのは、僕の肌から滲む赤い血のせいなんだ。僕を傷つけることに耐えかねて、必死に本能に抗おうとしている。 これ以上、この哀れな同類を追い詰めたくない。この子の身体が震えているのは、まともなアフターケアを与えられていないSub特有の、精神が崩壊しかけた「ドロップ」の反応に違いない。 ジェルーシャは自分の血のついた手で、シータの震える手をそっと包み込むと、無理に笑顔を作って囁いた。 「……大丈夫だよ、君。こんなの、ちっとも痛くないから。……気にしないで」 そのあまりにも優しい言葉に、シータの目からボロボロと涙がこぼれ落ちると、束子(ブラシ)を握った手は完全に止まってしまった。すると、ジュリアが、怪訝にため息をひとつ吐いた。 「はぁ……しょうがないわね。あまり好きなやり方じゃないけれど……」 ジュリアはスマートフォンを手に取ると、長いネイルの爪先を画面に当ててカタカタと音を鳴らす。 <form> <p>【PCA (Pendleton Command Amplifier) Ver.0.72】</p> <p>Target ID: θ</p> <p> Output Level: <input type="radio" name="lvl">1 <input type="radio" name="lvl" checked>2 <input type="radio" name="lvl">3 <input type="radio" name="lvl">4 <input type="radio" name="lvl">5 </p> <input type="submit" value="Send"> </form> 最後に長いネイルの指先が[Send]の上をスッとなぞる。 ——チカ。  ——チカ。 シータの首元に固く嵌められた金属カラーに埋め込まれたインジケーターランプが小さく2度点滅した。 「ひっ……ぁっ……」 シータの体が小さく跳ねる。直前まで瞳に浮かんでいた葛藤や涙の熱が嘘のように引いていく。シータの目から光が消え失せた。まるで心のスイッチを強制的に切られたかのように。 と、その時だった——。 浴室の重い扉が静かに開いた。 「そこまでにしておけ。ジュリア」 低く、澄んだ、美しい声だった。 入ってきたのは、このペンドルトン・エージェンシーの御曹司——ジュリアの双子の兄、ジュリアン・ペンドルトンだった。琥珀色の瞳を持つ、完璧な美貌の青年。空気が変わるほどの威圧感と、底知れない色気をまとっている。ジュリアのものとは比較にならない、濃密で静かなDomのオーラが、バスルーム全体を満たした。 女——ジュリアは不満そうに唇を尖らせたが、兄の視線に逆らわず、ゆっくりと椅子から立ち上がった。 ジェルーシャは血にまみれ、裸のまま床に膝をついた状態で、息を呑んでその青年を見つめた。 「歓迎会が派手すぎたようだな……ジュリア」 その声は低く、どこか甘く響いた。ジェルーシャの心臓が、激しく鳴った。 つづく

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