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#10 女装メイド・コンパニオン
マンハッタンの中心にそびえ立つ、高級ホテルのバンケット(パーティー会場)。時刻は午後五時を回ろうとしていた。西日が豪奢なシャンデリアを赤く染め上げる中、その広々とした控え室に、ジュリアの苛立った金切り声が響き渡った。
「はぁ!? 逃げた!? あの二匹が!?」
「申し訳ありません……。目を離した隙に、α(アルファ)とβ(ベータ)の二名です」
黒服の報告に、ジュリアは苛立ちを隠せなかった。
今夜はメイフィールド財閥の幹部たちを招いた重要な接待があるのだ。メインの余興に使うための「駒」が足りないなど、許容し難いイレギュラーだった。
「……まずいわね。なんとかしないと」
焦燥に駆られ、ジュリアはヒールを鳴らして室内をうろうろと歩き回る。やがて、ピタリと足を止めて顔を上げた。
「……そうね、Subの代わりなら他にいるわ。まだこの時間なら、オフィスにいるはずよ」
ジュリアは冷たい目を黒服へ向ける。
「お兄様に連絡して。今すぐジェルーシャをここに連れて来させるの」
◇
それから三十分後。
バタン、と控え室の重厚な扉が開き、怯えきった表情のジェルーシャが放り込まれた。その後ろから、ジュリアンが余裕の笑みを浮かべて入ってくる。
「危ないところだったよ。もう少し遅かったら、帰っちまうところだったぜ」
「な、なんですかこれ……やめて、離してっ……!」
床に倒れ込んだジェルーシャは、訳も分からず必死に後ずさる。ジュリアはそんな彼を、まるで新しい玩具を値踏みするようにねっとりと舐め回した。
「ふふ……あんた、メイド姿も似合いそうじゃない?」
「な、なにを言ってるんですか……! 僕は男ですよ、メイドなんて……っ」
抗議の声を上げたジェルーシャの首元に、ジュリアの鋭い視線が止まった。
「……何これ。あんた、いつの間にそんなカラーをつけられたの?」
「……っ!」
ジュリアが不快そうにジェルーシャのカラーへ手を伸ばそうとした瞬間、ジェルーシャは弾かれたように身をよじって距離を取った。普段は怯えてばかりの彼が、首元を両手で庇い必死の形相で激しい抵抗を見せる。
「触らないでください……っ!」
そのあまりにも過剰な反応が、ジュリアのサディスティックな自尊心を逆撫でした。
「……生意気ね。ちょっと、押さえつけなさい」
ジュリアが顎でしゃくると、背後に控えていた黒服たちが無言で進み出た。
「やめっ、離して! それは……ダメなのぉっ!」
サリーから与えられた『絆』を必死で守ろうと、ジェルーシャは夢中で暴れ、自分を押さえつけようとした黒服の腕に力任せに噛みついた。
「いっ! この野郎、噛みつきやがった……!」
噛まれた黒服が激昂し、思わず振り上げた拳をジェルーシャに向けようとする。
「おやめなさい! 使い物にならなくなるわ」
ジュリアの冷ややかな制止に、黒服はハッと動きを止めると、苛立ちを噛み殺してジェルーシャを乱暴に床へ叩きつけた。
「ぐっ……ぁ……っ!」
冷たい大理石に縫い留められてもなお、ジェルーシャは必死に暴れ続ける。
「なんて凶暴なSubかしら……まるで野良犬ね」
悲痛な叫びを無視して、ジュリアは冷ややかにジェルーシャの首筋へ手を伸ばした。美しく手入れされた長いネイルが、細い首筋の皮膚にひんやりと爪を立てる。そのまま爪先で擦るようにして留め具を探り当てると、ジュリアは躊躇いなくそれを奪い取った。
「あぁ……っ、ダメ! 返して……!」
「このカラーは誰が付けたの? 誰の首輪なのよ! ……答えなさい!」
苛立ちをあらわにしたジュリアの甲高い声が響き渡る。そこへ、静かな足音とともにジュリアンが歩み寄ってきた。
「どれ、見せてごらん」
ジュリアから革のカラーを受け取ると、ジュリアンは品定めするように細部まで注意深く観察した。そして、冷ややかな視線をジェルーシャへ向ける。
「ジェルーシャ、このカラーの主はサリーなのかい?」
黒服たちに大理石の床へ組み伏せられたジェルーシャは、唇を強く噛み締め、固く口を閉ざした。涙で濡れた瞳でただまっすぐに二人を見返し、沈黙を貫く。
「……どうやら、そのようだな」
・
・
・
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(サリー様……どうして……私よりこんな子が好きというの……)
嫉妬と屈辱に胸を焼かれたジュリアは、ジュリアンの手からカラーを奪い返すと忌々しげに投げ捨てる。
「あんたには、こっちがお似合いよ」
絶望に顔を歪めるジェルーシャの首に、ジュリアは代わりに用意していた重く冷たい金属製の『コマンド増幅カラー』をガチャンと嵌め込んだ。
——チカ。
——チカ。
カラーに埋め込まれたインジケーターランプが小さく瞬いたかと思うと、直前まで激しくもがいていたジェルーシャの身体から、ふっと抵抗の意志が消え去った。膝が床に沈み、肩がだらりと下がる。
「……ぁっ」
ジュリアは満足げに笑うと、ドレッサーの椅子をカラリと引いた。
『——ここに座りなさい』
「……はい」
ジェルーシャは力なく立ち上がると、吸い寄せられるようにその椅子に腰を下ろした。瞳から抗う光が消え落ち、鏡に映るその姿はみるみる青ざめていく。
「……あら? 少し顔色が悪いわね。これでは可愛くないわ」
ジュリアは不満げに眉を寄せると、ポーチから真紅のリップスティックを取り出した。
『——動かないで』
すっかりおとなしくなったジェルーシャは素直に従うが、唇はわずかに震えていた。
「ふふ……やっぱりこのカラー、よく効くわね」
ジュリアの指がジェルーシャの顎を強く固定する。冷たい口紅の先端が、唇に押し当てられる。そして、ゆっくりと、ジェルーシャの唇の輪郭をなぞり、塗りつぶしていく。
「うん、いいわ。まるで毒リンゴみたい……美味しそう」
ジュリアは、しばし鏡の中のジェルーシャを満足そうに眺めると、部屋の隅で虚ろな目のまま待機していたメイドのシータを手招きした。
「シータ、残りはあなたがやりなさい。ちゃんと可愛くするのよ」
「はい、ジュリア様」
鏡の前に座らされたジェルーシャは、ただ自分の姿が「完全な女装メイド」へと作り変えられていくのを、絶望の淵からぼんやりと見つめていることしかできなかった。
つづく
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