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#11 王様ゲーム

重厚な扉の向こうから、下品な高笑いとグラスがぶつかる音が響いてくる。 控え室で待機させられていたジェルーシャは、首に嵌められた冷たい金属の感触に絶望しながら、ただうつむいて震えることしかできなかった。 やがて扉が開き、ジュリアンの声が飛んだ。 「さあ、出番だ。おとなしくついてきなさい」 促されるまま、ジェルーシャとシータは重い足取りでバンケット(パーティー会場)へと足を踏み入れた。 豪奢なシャンデリアの下では、メイフィールド財閥の幹部たちやペンドルトン側の人間がすでに酒杯を交わし、すっかり出来上がっていた。ジェルーシャは視線を落としたまま歩みを進めていたが、ふと客席の一部に目をやり、一瞬で血の気が引いた。 (アニー……!) そこには、アニーの姿があった。ポニー・スタッフサービスの独身寮で同室だった、ジェルーシャのかつての恋人—— 先ほどから控え室に漏れ聞こえていた「メイフィールド財閥」という言葉が、ここで冷酷な事実としてジェルーシャの中に腑に落ちた。メイフィールドは、アニーがSubであることを偽ってまで就職した大企業だ。 つまり、今このバンケットでふんぞり返っている幹部たちは皆、圧倒的な権力を持つDomであり、自分は彼らをもてなすための「接待要員(コンパニオン)」としてここに引きずり出されたのだ。 もし、ここで自分がジェルーシャだと気付かれればどうなるか。アニーが自分と面識があること、ひいてはポニー・スタッフサービス出身のSubであることが周囲のDomたちに露見してしまう危険がある。それだけは、絶対に避けなければならなかった。 激しい動揺に呑まれそうになるが、ジェルーシャはふと、この絶望的な状況に一筋の活路を見出した。 今の自分は、コルセットで締め上げられ、念入りなメイクを施された完璧な女装メイド姿だ。うつむいて目を合わせなければ—— だが、そんな淡い期待を打ち砕くように、酔った幹部の一人が悪ノリで声を上げた。 「よし、ここで王様ゲームといくか!」 その一言で、バンケットの空気は一気に下劣なものへと変わった。 ジェルーシャとシータは余興の「駒」として中央に引き出され、幹部たちの悪趣味な命令に付き合わされることになった。 「よし、一番の奴はこのメイドちゃんを膝に乗せろ!」 「ガハハ、いいぞ! じゃあ次は、そっちのメイドちゃんと口移しチョコレート!」 卑猥なヤジが飛ぶ中、ジェルーシャは中年幹部の膝の上に座らされ、口に含んだチョコレートを顔を近づけて渡すよう強いられる。 相手がDomであるとはいえ、見ず知らずの男からの理不尽で屈辱的な要求など、本来なら全力で拒絶しているはずだ。 (……どうして、僕はこんなことを受け入れているんだ……) 生温かい吐息と共に、男の唇が重なる。どろりと溶けた苦いチョコレートが口内へ侵入してくる。 汚されているのは自分の身体のはずなのに、まるで男の膝の上で弄ばれる見知らぬ誰かを、他人事のように眺めている感覚だった。首元のカラーに肉体の主導権を奪われた身体は、拒絶の悲鳴すら上げず、ただ機械的に男の欲望を受け入れ続けている。 その異様な光景を目の当たりにしていたアニーは、露骨に不快感を募らせていた。酒の席とはいえ、メイドたちに対する扱いがあまりにも下品で常軌を逸している。 「どうしたんだいアニー君、さっきから顔色が悪いぞ」 隣に座る幹部が、アニーの肩をバンバンと叩いてからかった。 「君はまだゲームに当たってないな。ガハハ! 次こそ君の番じゃないか?」 愛想笑いすら浮かべられないアニーをよそに、王様になった幹部が高らかに番号を読み上げる。 「よし、次は五番だ! 五番は……っと、このメイドちゃんと熱いキスだ!」 「あれ? 五番の札はアニー君の席にあるぞ。本人はどこ行った?」 「トイレじゃないですか?」 ◇ その頃、アニーはバンケットから離れたレストルームにいた。 洗面台の鏡に向かい、冷水をすくってバシャバシャと顔を洗う。冷たい水で酔いを覚まそうとしても、胸の奥で渦巻く強烈な胸騒ぎは消えなかった。 (あのメイド姿のコンパニオン……まさか、ジェルーシャじゃないのか……?) いくらなんでも女装なんてあり得ない。そう自分に言い聞かせようとするが、肌を刺す違和感だけが、静かに確信へ変わっていく。 猛烈な違和感と嫌な予感がアニーを襲う。 (ここに、これ以上いちゃだめだ。適当な理由をつけて、このまま帰った方がいいんじゃないか……) アニーが鏡の中の自分を見つめ、踵を返そうとしたその時だった。 バタン、とレストルームのドアが乱暴に開き、顔を真っ赤にした酔った上司が入り込んできた。 「なんだアニー君、こんなところで何してるんだ!」 「あ、いえ……少し酔いを覚ましていました」 「なんだ、そうか! 盛り上がってるところなんだから、じゃあ私は先に席へ戻ってるからな、早く戻ってくるんだぞ!」 「はい。気分が整ったらすぐに向かいますので、ご心配なく」 バタンとドアが閉まり、上司の足音が遠ざかっていく。 再び訪れた静寂の中、アニーは鏡の中の自分をじっと見つめ直した。 濡れた髪から、冷たい水滴がひとつ、顎を伝って落ちる。 胸を突く不穏な予感を振り払うように深く息を吐き出すと、アニーは重い足取りで、狂宴の待つバンケットへと繋がるドアノブに手をかけた。 つづく

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