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#12 デモンストレーション
過激な王様ゲームのノリもようやく落ち着き、メイフィールド財閥の幹部たちはグラスを傾けながら、寛いだ雰囲気で宴に移行していた。
「それにしても、ずいぶん従順なSubだな。仕込みか?」
「いいえ、実はちょっとした秘密がありましてね……」
ジュリアンは不敵に微笑むと、少し離れて控えていたジェルーシャに視線を向けた。
「ジェルーシャ、——おいで 」
ジェルーシャの肩がピクッと跳ね、言われるがままジュリアンの前へと進み出ると、膝をついてかしこまってみせた。
ジュリアンは満足げに頷くと、うつむくジェルーシャの首元へ指先を伸ばし、衿ぐりにある無機質な金属の光沢——『コマンド増幅カラー』をつまんで見せた。
それを見た幹部は、少し眉をひそめて手をかざした。
「ちょっと君、いくらなんでも公の場でそんなことをさせちゃダメだよ。ダイナミクス差別的にもコンプライアンス的にまずいんじゃないか?」
「ご心配ありませんよ。ここはお酒の場、それにちゃんと本人の承諾は得ていますよ。……なぁ、ジェルーシャ?」
「……はい。ジュリアン様」
ジェルーシャはうつむいたまま、弱々しく口を開く。首輪に内蔵されたランプが、微かに青く点滅していた。
「そうなのかい? 本当に問題はないんだね?」
「ええ、どうぞお好きに。好きなだけ可愛がってやってください」
「そうかい。——おいで ジェルーシャ、ここに——お座り 」
幹部が手招きすると、ジェルーシャは磁石に手繰り寄せられるかのように膝で這い寄っていく。
「おぉ、いい子だねジェルーシャ」
幹部は満足そうに目を細め、這い寄ってきたジェルーシャの頭を愛でるように撫でまわした。うつむくジェルーシャの視界の端で、席へ戻ってくる人影が揺れる。
それに気づいた幹部が、声を張り上げた。
「お、やっと帰ってきたな、アニー君!」
上司がアニーの肩をバンバンと叩き、下品な笑顔で席へと促す。
「いいところに来たよ。ほら、君も試してみなさい! この子は従順だよ」
「え……っ?」
困惑しながらアニーが足元へ視線を落とした瞬間、息が止まった。打ち消しようのない確信がアニーの胸を貫いた。目の前で惨めに膝をついているのは、間違いなくジェルーシャだった。
(……ジェルーシャ……!)
「さぁ、アニー君、遠慮することはないよ、君のコマンドの強さを見せてくれ」
(アニー……僕の目を見て。アニー、大丈夫だから……っ)
アニーがDomの威圧感など持ち合わせていないSubであることは、元恋人の自分が誰よりもよく知っている。ここでアニーが怯み、コマンドを出せずに躊躇すれば、「こいつはDomではない」と周囲のDomたちに一発で正体が見抜かれてしまう。
(君は僕のDomなんだ……。あの日のことを思い出して。アニー、僕を信じて、あの日のように僕に命じて……!)
「僕の主人」として振る舞ってくれと、ジェルーシャは死に物狂いのメッセージを目で送り続けた。
アニーは背筋を伝い落ちる冷や汗を感じながら、震える唇を噛み締め、喉の奥から声を振り絞った。
「……っ、……お、お座りだ……!」
アニーの掠れたコマンドに応じるように、ジェルーシャは体を激しく震わせ、床へと平伏してみせた。
「……っ! は、はい……! 仰せの通りに……っ!」
まるで圧倒的なDomの威力に屈服したかのような迫真の演技。それを見た幹部たちから「おおーっ!」と歓声が上がり、宴卓は拍手と下品な冷やかしで包まれた。
(助かった……っ)
アニーは背中を伝う冷や汗を拭い、心の中で大きく安堵の息を吐いた。膝をつくジェルーシャもまた、うつむいた顔の陰で(よかった……これでアニーの正体は守れた)と胸を撫で下ろす。
だが、その胸騒ぎの去った一瞬を破るように、ジュリアンの冷ややかな声が差し込まれた。
「フフ……ですが、その程度のお座りでは大したこと……ありませんよねぇ?」
ジュリアンは琥珀色の瞳を妖しく光らせ、周囲の幹部たちを見渡した。
「このカラーの威力はそんなものではありませんよ。例えば……そうですね、『靴を舐めろ』といった屈辱的で難しいコマンドであっても、完璧に対応するのです。アニー様、ぜひそのお力で試してみてはいかがですか?」
その提案に、酒の回った幹部たちが一気に悪ノリで盛り上がった。
「おお! 靴を舐めさせるだって!?」 「ガハハ、いいぞ! アニー君、ぜひ君の実力を見せてくれたまえ!」
顔面蒼白になるアニーに、上司がさらに畳みかける。
「どうしたんだいアニー君、遠慮することはないぞ! ここはお酒の席、いわば無礼講の場だ! 事前に本人の同意も取れているというのだから、コンプライアンス的にも何一つ問題はない。こんなチャンスは滅多にない、やってみせるんだ!」
周囲からの圧迫感に、アニーは金縛りに遭ったように固まってしまった。言えるはずがない。自分の足元で、ジェルーシャにそんな屈辱的な真似をさせるなんて、口が裂けてもできるはずがなかった。
絶望に沈むアニーのもとへ、ジェルーシャはじりじりと膝で這い寄ってきた。
足元からアニーを見上げ、ジェルーシャは必死に瞳で訴えかける。
(アニー、大丈夫だよ……っ。君は僕のDomなんだから、自信を持ってコマンドを出して……! 僕なら平気だから……っ!)
アニーの立場と未来を守るためなら、どんな屈辱だって耐えてみせる——そう語るジェルーシャの瞳には、哀しくも強い覚悟が宿っている。
「ほらどうした、アニー君! 早く命じるんだ!」
幹部たちの催促が響く中、アニーは震える唇を開き、喉の奥から声にならない声を絞り出した。
「……っ、ぼ、僕には……僕にはでき……」
——と、その時だった。
ドガァン——!!
重厚なバンケットの扉が、壊れんばかりの猛烈な音を立てて叩き開けられた。
静まり返る会場。宴卓の誰もが言葉を失う中、圧倒的な威圧感と激怒を全身から放つ人影が、大股で室内へと足を踏み入れてきた。
「そこまでだ!」
凛とした凛冽な声が、下品な熱気に満ちていた会場の空気を一瞬で凍りつかせる。
サリーだった。
ジェルーシャに装着させておいたGPS内蔵カラーの信号が突如として途絶えたことで、ただならぬ異変を察知したサリーが、急遽このバンケットへと駆けつけたのだった。
「酒の席の戯れといえ……あまりにも不埒で下品極まりない。このようなダイナミクス差別、コンプライアンス的にも到底許されるものではないぞ!」
堂々たる正論で場を完全に制圧したサリーは、呆然とするジュリアンを一瞥もしないまま、アニーの足元に伏せるジェルーシャへと視線を向けた。
「ジェルーシャ、立ちなさい。こんなところに長居は無用だ」
静まり返る会場の誰も、その威圧感に言葉を挟むことはできなかった。 サリーはジェルーシャを引き連れ、一顧だにせず踵を返す。
遠ざかっていく二人の足音と、重い静寂。 アニーはただ呆然と、開け放たれた扉の向こうを見つめていた。
つづく
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