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火曜日〜醤油orソース〜

見た目ほど酷くないと言ったのは本当だったようで。夜神さんは翌朝といっても10時過ぎだけど、起きてきて普通に朝ごはんを食べている。そして、 「本当にソースかけて食べる人初めて見た。」 朝食は無難にトーストとインスタントスープ、目玉焼きにレタスとハムとトマトのサラダ。夜神さんは目玉焼きにソースをかけて食べ始めたのだ。 「そんなに珍しいもんか?」 「珍しいですよ。俺初めて見ましたもん。良く醤油かソースかなんて話聞きますけど醤油かけてる人は見たことあってもソースかけてる人は見たことありません。」 因みに俺は何もかけない。田舎に住む祖父母が養鶏場を営んでいて、そこから毎週送られてくる卵は何もかけなくても甘くて美味しいから。 「貴文は俺のことなんにも聞かないんだな。」 「え?」 「名前も自分からは聞かないし、その他のこと、例えば職業とか歳とか。何も聞いてこないから他人ながら少し心配になった。」 だって、だって、だって! 「だって聞いていいのか分からなかったから。」 「ん?ハハハハハ!!俺がヤクザ者に見えるか?そうかww」 本当の事を思わず言ったら爆笑された。 「まぁ当たりだな。広域指定暴力団陣内会の幹部夜神蒼弥、今年で43だ。」 「え、43!?もっと若いかと思ってた。」 「見えないか?まぁ組でもよく言われるな。年相応の貫禄がないと。」 夜神さんは長い髪を後ろで結っていて、とても若く見える。俺は35、6を想像していた。 「この傷は他の組の若いヤツらにやられたんだ。まぁそこの組で最近組長がお隠れになったらしくてごたついてたんだろう。」 「抗争とかになるってことですか?」 「いやならんだろう。血気盛んな若いヤツらの仕業だ、向こうが何らかのけじめを付けてこちらに謝罪を寄越してお終いだな。」 「じゃあなんで俺の家なんかに転がり込んだんだ?普通に帰ればいいじゃないですか。」 「ちょっとばかし血を流し過ぎてな。帰れるようになるまで休憩するところが欲しかったのよ。」 そうかだから1週間だけか。ニュースで聞いたことあるけど陣内会って本拠地は確か関西の方だ。こっちにはなんか用事があって出てきてるのだろう。 「俺もいくつか聞いていいか?」 「はい、なんなりと。」 「ここはお前1人で住んでるのか?」 「そうですよ。じゃなきゃ夜神さん拾ってこれませんから。」 「フリーターの一人暮らしにしては随分イイトコだな。株か?」 「いえ、親の形見です。親が買った部屋なんですここ。」 「そうか、悪いことを聞いたな。すまない。」 「もう5年も前の事なんで気にしてませんよ。」 「まだ5年、だろ。」 夜神さんの言葉にハッとなった。確かにまだ5年だ。死んだと聞いた時は呆然として、その後は俺が喪主だったから葬式やら何やらでゴタゴタして、結局3回忌を過ぎた今までろくに悲しんでいない。毎日儀式のようにお線香を、あげる。そこに魂なんてないのにと、頭のどこかで冷ややかに考えながら。 「今さら悲しんでいいんでしょうか。」 「ちゃんと悲しんで貰えた方が親御さんも安心するんじゃないか?」 夜神さんの言葉に音もなく涙が溢れた。 「お父さん…お母さん…。」 独り残されて不安で押し潰されそうで。今思えばきっと毎日虚勢張って、我慢の鎧を纏って過ごしてきた。初めて両親の死を心から悲しんだかもしれない。 その日は夜神さんの胸を借りて、気が済むまで泣き続けた。泣いた後特有の頭がぼんやりとした感じは少し不快だけど、すっきりした気がする。 「ありがとうございます。」 「気にするな。俺が言ったんだ。」 そう言ってクシャクシャと俺の頭を撫ぜた夜神さんの手は、大きくて暖かくて。なぜだかホッとした。

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