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水曜日〜ゴミ出し〜
昨日のことがあったからか俺達の距離は微妙に近くなった。その一つが呼び方。
「蒼弥さん、俺ゴミ出し行ってきますね。」
「ああ。そうだふみ、すまんが今日買い物行くなら包帯と滅菌ガーゼを買ってきてくれないか?」
蒼弥さん、ふみ。ファースネーム、俺に至っては愛称。呼び方が違うだけで距離が近くなったように感じるのは不思議なことだ。
「ふみ」というのは蒼弥さんしか呼ばない呼び方で、それを考えてくれたのは蒼弥さん。それだけで自分の名前が何倍も好きになった。
蒼弥さんは少しづつ自分のことを俺に教えてくれる。どこ出身だとか好きな食べ物だとか、陣内会のことだとか。俺からは聞かないけれど夕食の時や、ベッドで微睡んでいる早朝。ポツポツと零してくれる蒼弥さんの話は全てが俺の宝物になる。
そう言えば、昨日から一緒に寝ている。ソファで寝ている俺に蒼弥さんが
「ベッドで寝ないか?家主を差し置いてベッドで寝るのはちょっとな。」
と言い出して。断ったんだけどなんだかんだで流されてしまった。
誰かと寝るなんて何年ぶりだろう。親と寝ていたのも幼い頃のことだし。彼女がいた事もあったけどそれもだいぶ前の話だ。
「人肌って温かいんだな。」
「久しぶりなのか?」
「こんな風に誰かの温もりがある布団で寝るのはね。」
「彼女がいた事くらいあるだろう。」
「もう結構前だね。7年くらいかな、大学中退して自然消滅したよ。そっからは全く。」
「なんで中退したんだ?」
「研究室の教授と折り合いが悪くてさ、やめて別の大学に入学し直そうとしたんだけど…。」
「意欲喪失したのか。」
「そう、浪人2年目で親が死んで。」
「そんなにショックだったのか?」
「んーどうだろう。分からないけど、突然何をする気も起きなくなったんだ。」
一時期は酷くて、起きる気もご飯を食べる気も起きなかった。音信不通になり、次いで消息不明になり。1ヶ月くらいして心配した田舎の祖母が訪ねてくる羽目になった。
「死にかけてたんだ。肉体的にも精神的にも。」
真っ暗な部屋、空っぽの冷蔵庫、干からびた台所シンク。そして散乱したカップ麺の容器。ベッドの中で蹲る痩せ細った俺を発見して、祖母は涙がこみ上げてきたという。
「怒られたんだけど、その時は一切なんで怒られたのか分からなかったんだよね。」
「ふみのことが大切なんだろう。」
今考えれば容易く分かるけど、その時は本当に分からなかった。なんで、この人は俺のことを怒るんだろうとぼんやり思うばかり。そこに愛情だの好意だのがあるとは考えなかった。
「親が死んだ時に、俺の事を思ってくれる人はもういないと思ったんだろうな。」
「でも、違った。」
「そう。おばあちゃんもいた、おじいちゃんもいた。古くからの友人も。見えてないだけだったんだ。大切なものほど見えないって言うけど本当だったんだよな。」
そして。
視界がぼやけて、目の前にいる蒼弥さんの輪郭が歪む。
「大事なものほど、失ってから気づく…。」
ゆっくりゆっくり胸に溜まった淀や檻を吐き出していく。今まで出来なかったことが蒼弥さんの前ではいとも容易く出来てしまう。
こうして俺は今日も蒼弥さんに慰められながら泣き疲れて寝落ちたのだった。
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