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第3話

いきなり立ち上がると、長時間床に座り込んでたせいで全身がふらつき、足取りが覚束無い。そんな中、何とか足を進め、彼の背後へ手を伸ばし、抱き締めた。 「、氷魚!?」 「……あゆむくん、いかんとって……」 「え……?」 「……ほんま、ごめん……」 「……氷魚……、」 「ほんまどうしようもなくてごめん、僕は何もできないし、情けないし、ほんと生きてる価値ないって思ってるし、誰とも関わりたくなかったし、……関わってほしくなかった……、怖くて、自分が傷つくのも……誰かを傷つけてしまうのも……全部怖かった……」 「……、」 「だから、歩くんが眩しくて、ずっと、……歩くんと一緒にいたことが幸せで……、本当は……嫌われたくなくて……僕は、逃げた……」 「……知ってるよ……」 「……、これが恋愛としての好きなのかは分からんかった……、でも、歩くんが求めてる答えを……出せないままなら……僕はいない方がいいと思った……」 「……」 「どうなったとしても……失うのが怖い、僕は……歩くんが……当時は本当に、1番……大事やったんよ……、でも、僕はおらん方がいいと思ってしまった……」 「……氷魚、」 「8年かけて、忘れたのに……もう無理や、僕どうしたらいいかわからん……」 声が震える。気づけば目頭が熱くなり、頬を一筋の涙が伝っていた。 堰切ったように溢れる涙を右手の袖で拭い、彼の腰周りの緩んだシャツを左で握っていると、その手を彼が被せるように握り返した。 「氷魚って結構ガキだよな」 「……えっ」 「なんかすげえ意地っ張りだしよ」 「……う、ぅ」 「分からないなら分からないって言えばいいだろ」 「……それができたらこんなことになってへんよ」 「まぁそうだろうけどよ、別に過去見たってしょうがないだろ?」 「……歩くんだって、過去の男に執着してる」 「執着……?執着なのかこれ」 「……執着だと思う」 「氷魚はまだ俺の男じゃねえし、こんな時でも話逸らすし減らず口だし、ほんとガキじゃん」 「……うぅ……バレてる」 「そういう所も含めて好きなんだけどな」 振り向いた彼の目はほんのり充血していた。やっぱり泣いていた、なんて茶化す気も起きず、彼の服を握っていた手を離す。 身体を此方に向けた彼の両腕が腰に回る。それを当然のように受け入れ、身体を彼に預けた。 あたたかい。鼓動が早い。緊張している。このままだと此方の心音も聞かれてしまうのではと思い、少し離れたくなったが、彼に強く身体を引き寄せられ、どうしても離れられなくなった。 「……どこにも行かねえから」 「……、うん」 「てか煙草吸おうと思っただけだし」 「え?」 思わず素っ頓狂な声が漏れる。 煙草? つまり、自分は勘違いをしていた。 羞恥心がじわじわと身体を蝕む。身体がだんだん火照ってくる。穴があったら入りたいとはまさにこの事か。とはいえ手頃な穴もないので彼の肩に顔を埋める。 「帰ると思った?」 「……、いや~?」 「思ったんだな?」 「……思ってないし」 「素直じゃねえなあ~」 「……だって、あんなタイミングで、あんなこと言われたら、おらんくなるって思うやん……」 「……あー……まぁ、そんなつもりはなかったんだけど、俺もさ…………、涙、我慢できなくて……」 「……あー、」 「ダチの前でこんな泣きたくねえよ……」 「……僕も泣いてるし、ダチじゃなくていい」 「え?」 お互いに目も合わせられないまま、彼の腰に手を回し、ぽつりと呟く。 「歩くん、……僕から離れんとって」 首を傾け、彼に目を遣ると、此方に吃驚した表情を向け、そして堪えきれなかったのか、噴き出して大口を開けて笑った。 「ふふ……あっははは!何だよそれ!お前相変わらず素直じゃねえなぁ!」 あーもう、昔からそういうとこ変わんねえな、なんて彼が呟くものだから、つられて此方も笑みが零れる。 彼も、昔から全然変わってない。 からからと陽気に笑うところも、直情的な性格も、此方を全く省みない行動も、多感で涙脆い所も、かつて覚えた眩しさに至る全てがそのまま存在している。 彼の燦然たるその輝きに、胸の奥がきゅうと締め付けられる。彼のその輝きを護りたい。彼を不幸にさせるものを、全部取っ払いたい。 少しでも長く、彼の傍で、その笑顔も涙も、全てを見ていたい。 あぁ、これが“好き”だったんだ。 かつて抱いた醜い嫉妬や執着が、やっと解け始める。 今頃ようやく覚えた感情を、噛み締めるように、彼をきつく抱き締める。 「……いてぇよ、氷魚」 「……離れんとってな……歩くん」 「離れるわけねえだろ、……二度と俺から離れるなよ」 「うん……」 腕から力を抜いて彼から少し距離を置く。びりびりと痺れを覚えた腕を軽く振ってると彼がポケットからごそごそと何かを取り出した。 朝、購入していた煙草の箱と100円ライターである。 「ごめん、煙草吸ってい?」 「うち禁煙なんよ」 「外は?」 「ええんちゃう?知らんけど」 「知らんのかい」 ふふ、と顔を見合せて笑い、入口の鍵を開ける。 数歩先の駐車場の縁石にそれぞれ腰掛け、彼が煙草を1本咥える。火をつけ、ふうと長く煙を吐き出した。こうして見ると、その姿が色気を醸し出している。歩くんはやっぱりイケメンやね、と思わず口にすると、まぁなと恥ずかしそうに呟いた。 ふと見上げた空に星がちかちかと瞬く。夜空をこうして見るなんて何年ぶりだろうかと独りごちていると、彼が此方に聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で、ぼそりと呟いた。 「なぁ……氷魚、」 「ん?」 「……セックス、したい……」 「……!?!?せ……セッ……!?えっ!?」 あまりにも予想だにしない言葉に、普段では全く出さないような大声が漏れてしまう。 セックスなんて、したことがない。 恥ずかしながら僕って童貞もいいところなんですけど、とは言えずに、それって展開が早すぎんの歩くん、そんな早くていいの、自分の身体を大事にしなさい、なんてわけも分からず諭していると、彼は此方の目をじっと見つめ、こう続けた。 「……だめ?……氷魚に、好きって……想われてるって……実感したいから……したいんだけど、」 「……、あゆむくん……」 「ごめ……変なこと言って……でも」 「いいよ、しよ」 自分でも驚くくらい、条件反射で彼を受け入れる言葉が出ていた。 「……え」 「しよ、僕でいいなら」 彼はしばらく無言の後、此方の縁石に腰を下ろした。肩を寄せ、顔を近づける彼の方を向くと、触れるだけの口付けを落とされる。 煙の独特の香りが鼻を掠める。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。 「氷魚としかしたくない」 「……、やり方わかんないから、教えて」 「覚悟しとけよ」 「……楽しみやなぁ」 「……楽しむもんか?……楽しい方がいいのか、まぁ……」

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