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第三章 友達になってよ!

「お父さん、お小遣いちょうだい!」  深夜、帰宅した途端にそう言われて、早紀の父・紀明(のりあき)は苦笑した。 「まずは、お帰りなさい、じゃないのか?」 「あっ、そうか。お帰りなさい。最近、遅いね」 「うん。残業が多くてな」  それはそうと、と紀明はネクタイを緩めながら早紀に問いかけた。 「今月のお小遣いは、この前に渡したばかりじゃないか」 「それが、さぁ」  早紀は今日の放課後に、カフェで一杯10,000円のコーヒーを飲んだことを打ち明けた。 「ブラックアイボリー、っていうんだ。5人で飲んだから、50,000円も吹っ飛んじゃった」  早紀の言葉に、紀明は愉快に笑った。 「それは高くついたな。ブラックアイボリー、か」  まさかこの街に、あの幻のコーヒーを出す店があろうとは。  紀明は興味をひかれたが、息子には少々唇を引き締めて見せた。 「卒業が近いとはいえ、まだ高校生なんだ。お金は、良く考えて使いなさい」 「お父さんが、僕のクレカ取り上げちゃったからだよ? 無駄遣いしないから、返して」  毎月、限度額いっぱいまで使ってしまうものだから、紀明は早紀からカードを預かったのだ。  現金なら使い過ぎないだろう、との考えだったが、彼には効果が薄いようだった。 「仕方が無いな」  紀明は、それでもクレジットカードではなく、紙幣を財布から出した。  金銭の大切さを、早紀にはきちんと伝えたい。  早くに母親を亡くした息子に、自分がしてあげられるのはこの位だ、とも思っていた。  もちろん、お小遣いさえ与えればいい、などと勘違いはしていない。  高額紙幣を数枚手渡しながら、早紀に持ち掛けた。 「そのコーヒー、お父さんも飲んでみたいな。そのうち、連れて行ってくれるか?」 「うん、解った!」  親子で触れ合う時間の大切さも、父はちゃんと知っている。  帰宅が遅い日々が続いていることもあって、紀明は息子と共に過ごしたかった。  早紀は父から紙幣を受け取ると、喜んで自室へ戻った。 「あのカフェ、いつ行けるかな。今度の日曜、お父さん空いてるかな?」  父と一緒に出掛けるのは、久しぶりだ。  もらったお小遣いより、そちらの方が早紀には嬉しかった。  翌日の放課後、早紀は用事があるからと言って、友人たちと別れた。  用事とは、昨日のカフェ『メビウス』だ。 「何だか、すごく気になるんだよね」  一杯10,000円のコーヒーを出した、あのマスター。  名前くらい、知りたかったのだ。  店に入ると、昨日と同じように柔らかな明かりと心地よい音楽が、早紀を迎えてくれた。  そして、芳しいコーヒーの香りも。 「いらっしゃいませ」  それから、あのマスターの微笑みも。 「こんにちは!」 「君は、昨日の……」  衛は笑いながら、早紀に先手を打った。 「ブラックアイボリーなら、もう出せませんよ。豆が無くなってしまいましたからね」 「じゃあ、マスターのお勧めをちょうだい」  では、と慣れた手つきで衛はコーヒーを淹れ始めた。  早紀は常連のように自然な素振りで、カウンター席に掛けた。  そして、衛の鮮やかな手さばきを見ながら、いろいろと問いかけ始めた。 「お兄さん、名前は何ていうの?」 「弓月、です。弓月 衛」 「まもる、って漢字は?」 「衛星の『衛』ですよ」 「年齢は?」 「32歳になります」 「第二性は、アルファだよね?」 「よく、お解りで」  何だか尋問されているようだ、と衛はコーヒーが落ちる間、早紀の方を見た。 「お客様は、高校生ですね?」 「早紀、でいいよ。梅ヶ谷 早紀。ねぇ、友達になって!」  友達、と来た。  衛が目を円くしていると、早紀は自己紹介をどんどん始めた。 「諸澄学園の、三年生。来春、卒業。僕は、進学するよ」 「制服で解りました。優秀なんですね」 「第二性は、オメガなんだ」 「私の知人にも、おりますよ」   そこで早紀は、口をつぐんだ。 (アルファの衛さんが知ってる、オメガの人って……)  もしかして、恋人……かな?  尋ねようとした時に、ちょうどコーヒーが出てきた。 「当店の、オリジナルブレンドです。どうぞ」 「いただきまぁす!」  早紀は、まずブラックで一口飲んだ。  父がコーヒー好きなので、自然と彼もそうする癖がついたのだ。  ブレンドは苦みが強い、それでいて後味は甘い上品な風味を持っていた。 「いい香り。後味も、好み」 「お気に召しましたか」  うん、と早紀はうなずいた。  心からの、素直な笑顔。  その表情に、衛は胸が痛むほどの切なさを感じていた。  久しぶりに味わうそれを、恋の予感と気づかないまま、笑顔を返した。

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