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第四章 父の訪問
酸味より苦さが強く、それでいて後味は甘い上品な風味の、温かなコーヒー。
衛の淹れたメビウスブレンドに満足した、早紀だ。
しかし、気に入った、とうなずいた後、彼の様子をうかがうような目を向けた。
「ねぇ、衛さん。もう僕たち友達なんだから、フレンドリーに話そうよ」
「ふ、フレンドリー?」
「うん。話し方とか、さ。僕とは、タメ口で構わないよ!」
衛は、その無邪気さに思わず笑ってしまった。
「そういうわけには」
「ダメ?」
「他のお客様の目もあるので」
「僕、このカフェの常連になるよ。常連客の言うことは、少しきいてよ」
二度来ただけで常連を名乗るとは、本当に人懐っこい少年だ。
(素直で明るい子だ。しかし、私には眩しすぎる……)
人間関係に、社会に揉まれて、くすんでしまった衛にはそれが羨ましい。
「まぁ、ぼちぼちと」
「ちぇっ、ケチ」
早紀はコーヒーを飲みながら、衛といろんな話をした。
進学のこと、友達のこと、そして、父のこと。
「お父さんが、ブラックアイボリー飲みたい、って。今度、連れて来るよ!」
「では、豆を準備しなくてはなりませんね」
「よろしくね!」
早紀は、自分には少し高いカウンター席から降りた。
外に出ると、秋の木枯らしが冷たい。
そこで初めて、店内がいかに心地よい温度湿度に保たれていたのか、気づいた。
「素敵なカフェ。素敵なマスター……衛さん!」
無性に嬉しくなって、はしゃぎながら歩いた。
早紀は、幸せだった。
季節の深まりと共に、早紀は毎日のようにカフェへ立ち寄った。
ある時は放課後、友達と一緒に。
ある時は休日に、一人で。
そして、夜更けにふらりと現れることもあった。
あまりに遅いと、衛にたしなめられたが。
「こんな時刻に、来ちゃいけないよ」
「まだ10時だよ? それに僕、もう18歳だもんね」
それは早紀にとっては待ち焦がれた大人の年齢で、衛にとっては危うい子どもの年齢だ。
「早紀くんは、オメガなんだから。暗い夜道は危険なんだ」
「タクシーで帰るから、平気」
ああ言えば、こう言う。
そんな反抗的なところも、衛にとってはまだまだ幼い。
しかしそれでも、早紀が言えば嫌味に聞こえない。
持って生まれた朗らかさが、衛と早紀の間をずいぶん縮めていた。
「そうだ。今度の日曜日、お父さんと一緒に来るよ」
「お父さんと?」
夜遅くに息子をこの店に入れないでいただきたい、とでも言われるかな?
そんな風に衛は考えたが、早紀の話は違っていた。
「ブラックアイボリー、飲んでみたいんだって」
「それはそれは」
衛は、肩をすくめた。
「うちの裏メニューを、あまり拡散しないでくれよ?」
「他の誰にも言ってないよ」
今日はマンデリンを飲みながら、早紀は父について話した。
一流企業の、取締役であること。
とても優しくて、おおらかな人間であること。
仕事も家庭も大切にする、素敵な父親であること。
「早紀くんは、お父さんが大好きなんだね」
「うん。僕も、お父さんみたいな人に、なりたい」
そこへドアベルが鳴り、一人の男性が店内に入って来た。
「早紀。やっぱり、ここにいたのか」
「お父さん?」
「こんな遅くに、遊び歩いちゃダメだぞ」
そう言って、父・紀明は早紀の頭に手を乗せた。
「ごめんなさい。でも、よくここが解ったね」
「カフェ・メビウス。ホームページを、拝見しました」
紀明は早紀にではなく、衛に向かって言った。
息子がいつも、お世話になっております。
紀明は、そう衛に頭を下げた。
「弓月さんのお話は、いつも息子から聞いております」
「それは光栄です」
大人の定型的な挨拶がつまらない早紀は、父に向って乗り出した。
「ちょうど良かった。一緒に飲もうよ、ブラックアイボリー」
「ぅん? あぁ、すまない。お父さん、ちょっとマスターと話がしたいんだ」
そして、先に帰っていなさい、と言うのだ。
「えぇ? 嫌だ。お父さんと一緒に、コーヒー飲みたいよ」
「また今度、ゆっくりいただこう。今夜は、先に帰りなさい」
優しいが、同じことを二度言わせると怖い父親だ。
早紀はしぶしぶ、席を立った。
「タクシーで帰るんだぞ」
「はーい」
「もう遅いから、先に寝てなさい」
「はい」
唇を尖らせて、不服そうな返事をしながら出て行った早紀を見送り、紀明は改めて衛に向き合った。
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