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第七章 同棲開始

 衛のマンションに、居候することとなった、早紀。  まずは夕食にしよう、と衛は早紀に勧めたが、彼はお腹がすいてない、と言い張った。 「僕、お風呂に入りたい」 「そうか。じゃあ、その後に夕食にしよう」  浴室へ案内された早紀はまた、もう帰れない実家を思い出すこととなった。  衛宅のバスルームには、ほとんど何も置かれていなかったのだ。  ボディーソープに、シャンプー。  体を洗うための、スポンジ。  シンプルなリビング同様、機能性だけを重視してある。 「僕、お風呂にアヒルなんか置いてたなぁ」  友達が、花火大会のくじで引き当てた、アヒルのおもちゃ。 『こんなもん、要らないっての』 『だったら、ちょうだい。僕、お風呂で遊ぶから』 『早紀、ガキかよ!』  そして皆で、笑ったんだ。 「いけない。また、泣けてきちゃった」  眩しい思い出は、みんな過去の出来事。  もう、あの頃には戻れないのだ。 「前を。前を向かなきゃ」  温かいバスタブから出て、早紀は最後に冷たい水で顔を洗った。  これで少しでも、顔を、心を引き締めるつもりだった。 「冷たい」  瞼を冷やし、その腫れを癒した。 「これで少しは、まし……かな?」  だが心の傷は、まだ生々しいままだ。  そこへ、脱衣所からガラス戸越しに衛の声がした。 「早紀くん? 大丈夫か?」 「あ。今、上がるところ」 「そうか、良かった」  彼は、心配して様子を見に来てくれたのだ。  それが、今の早紀には心強い。 「衛さんが、いてくれる」  早紀は、改めてそう頷いた。 「夕食は、簡単に鍋にしたよ」 「えぇ? 簡単じゃないよ。ありがとう」 「簡単だよ。食材を、切るだけなんだから」  大皿に盛られた多種の野菜に混じってあるのは、見たこともない、ぷるんとした肉だった。 「何、これ……何の肉?」 「魚だよ。アンコウ」 「アンコウなんて、食べられるの!?」  鍋といえば、黒毛和牛のすきやきや、フグ鍋を食べてきた早紀だ。  まさかの深海魚を食べることになろうとは! 「コラーゲンたっぷりで、美味しいぞ」  ぐつぐつと煮えたアンコウを、早紀は恐々口にした。 「美味しい!」  淡白で臭みがなく、上品な味わいだ。  初めて食べる味に、早紀は笑顔になった。 「美味しいよ、衛さん」 「小骨が時々あるから、気を付けて」  昼食を摂らずに、昏々と眠っていたのだ。  鍋は食べ盛りの早紀のお腹に、あっという間に収まっていった。 「鍋はいいな。温まるから」 「僕、汗かいて来ちゃった」  ようやく見せた早紀の笑顔に、衛はホッと安心した。 「明日は、店を臨時休業にするから」  衛の寝室で大きなベッドを前に、早紀は意外な言葉を聞いた。 「どうして?」 「君の部屋を、作らなきゃならないからね」  衛が言うには、空き部屋が一つあるが、ほとんど物置になっている、とのことだ。 「片付けて、綺麗に掃除して。早紀くんが使えるようにしよう」 「ありがとう、衛さん」 「今夜は仕方がないから、一緒のベッドで寝ようか」 「はーい」  衛は全く無防備で、早紀を隣にして横になった。  明かりを消して、天井を眺める。 (早紀くんのお父さん、無事だといいが)  可愛い我が子を置いて、姿を消さなくてはならなかった彼の無念を思うと、胸が痛む。  そんなことを取り留めなく考えていると、早紀が手を握ってきた。 「ね、衛さん。手を握っていい?」 「もうすでに、握ってるじゃないか」  笑いながら身を寄せると、早紀はひどく密着してきた。  いや、手のひらどころか、体に腕を回してきた。 「お願い、衛さん。僕のこと、抱いて」 「どちらかと言うと、私の方が抱かれてるんだが」 「茶化さないでよ。僕と、エッチして。お願い」  早紀くん、と衛は息を吐きながら言った。 「君はもっと、自分を大切にした方がいい」 「経験なら、あるよ。だから、抱いて」  身を擦り付けてくる早紀の中心は、硬く張っている。 「辛い。僕、辛いよ。少しの間だけでも、忘れたいんだ」  これは迂闊だった、と衛は眉根を寄せた。  早紀の心傷は、アンコウ鍋程度でごまかせるようなものではなかったのだ。 「……じゃあ、キスしてやるから。だから、すぐに寝るんだぞ」  その言葉が終わらないうちに、衛は早紀に口づけられていた。 「衛さん……衛さん!」  早紀は、大人のキスを知っていた。  衛の唇を割り、その熱い舌を差し入れてきたのだ。  甘い香り。  柔らかな感触。  衛は、だんだんとのぼせてきた。  こんな熱いキスは、久しぶりなのだ。 「早紀くん、これ以上は、いけない」 「早紀、って呼んで」  夢中でキスをしながら、早紀はもどかし気にパジャマをはだけていった。

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