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第十章 優しすぎる彼

 エアコンで最適の温度湿度になっているはずの寝室が、ひどく暑い。  むせる空気に、早紀の甘い悲鳴が響く。 「んぁ、あ! あ、あんッ! はっ、はッ、はぁあ!」  早紀は、衛にすっかり翻弄されていた。  気持ち悦い。  気持ち悦い。  あぁ、もう何も考えられない。  気持ち悦いとすら、思えない! 「あ、あッ! ま、衛さん! はぁ、あぁあ!」 「早紀、気持ち悦いか? 苦しくはないか?」 「あぁああ! ま、まも、る、さぁんッ! 好き、大好きぃい!」  は、と衛はそこで震えた。  一気に射精感が湧いてくる。  好き。  衛さん、大好き。  早紀の言葉がトリガーになり、衛を駆け上がらせた。 「早紀……ッ」 「んんぁ! イッちゃう、ぅう!」  早紀の射精とほぼ同時に、衛もその精を放った。 「ふ、はぁ、あ……早紀……」 「……ッ! んぁああ!」  早紀の下肢がきゅっと引き攣り、その後がくがくと震えた。  腰が痙攣し、その体内は衛をしっかりと咥え込んだ。   「早紀、大丈夫か?」 「ぅん……」  早紀は衛にしっかりとしがみつき、鼻を擦り付けた。  甘えた仕草に、衛も自然と笑みがこぼれた。  その体を傷つけないように、そっと引き抜き、もう一度キスをした。 「あ……」 「どうした?」 「今のキス、素敵だな」 「そうか」  衛は、朦朧としている早紀の体を、ていねいに拭いてあげた。  眠りの神が降りて来たところで、早紀は衛との会話を思い出していた。 『恋人とか……いるの?』 『恋人は、いないよ。どうしてかな、長続きしない』  いつも、恋人の方から離れていく。  告白は、相手から。  別れ話も、相手から……。  恋人が衛から離れていく答えが、早紀は解ったような気がした。 (衛さんは、優しいんだ。優しすぎるんだよ)  だから、怖いんだ。  この人を失うことに、耐えられないんだよ。  だから皆その前に、自分から終止符を打ったんだ。  別れの傷が、少しでも浅くなるように。 「衛さん……」 「もう、寝なさい」 「僕を、恋人に。僕が、恋人に、なってあげ……る……」  それを最後に、早紀は眠ってしまった。 「ずいぶんと年下の恋人が、できちゃったな」  にっこり笑って、衛は早紀の髪をかき上げた。  慈愛を込めた眼差しで、見つめた。  いつまでも、見守っていた。  翌朝、早紀は良い香りに鼻をくすぐられて、目を覚ました。 「……コーヒーの匂い、だ……」  ぼんやりと、今の状況が思い出されてきた。  僕は、衛さんの元で暮らすことになって。  昨夜、抱いてもらって。  そして、今。 「パジャマ着て、寝てる?」  素裸のまま、意識を失うように寝入ったはずなのに。 「衛さんが、着せてくれたんだ」  優しいな。  早紀は起き出し、パジャマのまま、スリッパを履いてキッチンへ行ってみた。 「おはよう。よく眠れたかな?」  そこで早紀は初めて、自分が熟睡していたことに気づいた。  泣きながら眠っていた時には、悪い夢をいっぱい見たというのに。 「ありがとう。すごく、ぐっすり眠れた」 「そのまま、朝食にするかい?」 「ううん。顔を洗ってくるね」  そのまま真っ直ぐ、早紀は洗面所へ向かった。  鏡に映った自分に、早紀は呆れた。  何て、ひどい顔だ。  瞼が腫れて、目が半分しか開いていない。  我が顔ながら、笑ってしまった。 「誰? この人」  そして、今日はメビウスを臨時休業にしてくれた、衛の思いやりを感じた。 「こうなるって、解ってたから。だから、カフェをお休みにしてくれたんだ」  やっぱり衛さんは、優しいな。  顔を洗うと、少しだけ大きく目が開いた心地がした。  タオルは、二本用意してある。  未使用のものが、早紀のタオルに違いない。 「こういう細やかな心配り、嬉しい」  体は重いが、心は晴れやかに早紀はキッチンへ向かった。 「おはよう」 「体は、大丈夫?」 「だるいよ。昨夜、激しかったから」 「す、すまない」  ちょっぴり照れたような衛が、早紀の目には可愛く映った。  すごく大人なのに、ピュアな一面を持っている彼が、素敵だった。

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