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第十一章 恋人準備中
『おはよう』
『体は、大丈夫?』
『だるいよ。昨夜、激しかったから』
『す、すまない』
朝から、こんな会話を交わしてしまった、衛と早紀だ。
照れる衛に、早紀は、笑顔を向けた。
「これって、恋人の会話だよね。僕たち、もう恋人同士でいい?」
「恋人準備中、といったところかな」
衛はそこで、早紀にマグカップを差し出した。
いい香りだ。
一日の始まりにふさわしい、フレッシュな匂い。
「毎朝、カフェのマスターがコーヒー淹れてくれるなんて、贅沢ぅ!」
「そのうち、早紀にも淹れてもらうから」
そんなやり取りも、心地よい。
早紀は大喜びで、食卓に着いた。
ピザトーストに、ベーコンエッグ。
豆のサラダに、フルーツヨーグルトに、リンゴ。
「このリンゴ、可愛い」
衛がカットしたリンゴは、ウサギの形をしていたのだ。
食べるのが可哀想、などといいながら、早紀は口にした。
(あれ? 少し、塩味が……?)
これは、リンゴが変色しないように、塩水にくぐらせてくれたのだろう
次から次へと繰り出される衛の心配りに、早紀は感嘆の息を吐いた。
「衛さん、ホントに気配り上手だね」
「昔の恋人には、それが重かったらしいけど」
「僕は、素直に嬉しいよ」
「そうだと、良いな」
リンゴを食べながら、早紀は衛の元・恋人について考えた。
(やっぱり、第二性はオメガだったのかな。今でも、未練があったりするのかな)
それを知るために、早紀は正面切って訊ねてみた。
「衛さん。僕のこと、好き?」
「突然、何!?」
「今一番好きな人は、僕?」
「一番大切な人は、早紀だよ」
うぅん、と早紀は考えた。
それって、お父さんに頼まれたから、だよね。
(早く、恋人だから大切、って想ってもらわなきゃ!)
「ね、衛さん。食器は僕が片付けるよ」
「いいのかい?」
「うん。任せて!」
それは食洗器に食器をセットするだけの作業ではあったが、衛は嬉しかった。
早紀が自分から、僕はお客様じゃない、と言ってくれた気がしたからだ。
食器は彼に任せて、自分は洗濯に取り掛かる。
「あぁ、いいな。誰かと二人で暮らす、なんて久しぶりだ」
衛も早紀という存在に、心を温められていた。
「物置にしては、片付いてる方だと思うけど」
「それは、褒めてくれてるのかい?」
家事が一通り済むと、衛は空き部屋を早紀に譲る準備に取り掛かった。
今ではもう必要のないものが、たくさん眠っている部屋だ。
それらには、手にすると思い出を甦らせる魔法が、かけられている。
そんな風なので、衛は今までこの部屋を片付けられずにいたのだ。
「早紀が要らない、と思った物は、こちらへ寄こして。処分するから」
「捨てちゃうの?」
「うん」
何だか責任感じるなぁ、とつぶやきながら、早紀は取り掛かった。
「これ。ひびの入った、マグカップ」
「これか……」
衛は、遠い目をしている。
「何か、思い出があるの?」
「昔の恋人からの、プレゼントだよ」
「捨てて!」
「はいはい」
次に、瀕死のサボテンが。
まさか、と思いつつ、早紀は衛にうかがった。
「これも、昔の恋人が……?」
「可愛がってた、サボテンだ」
う~ん、と早紀は迷った。
昔の恋人を思い出して欲しくはないが、サボテンに罪はない。
「じゃあこれは、僕が可愛がるから。衛さんは、サボテン見たら僕を思い出すように」
「解った」
こんな調子でどんどん片付き、午後には早紀の部屋が出来上がっていた。
「ベッドは、どうしようか。ネットで選ぶ? 実際に見に行っても、いいよ」
「そのことなんだけど、衛さん」
僕たち、恋人同士だよね?
そう念を押した上で、早紀は衛の手を握った。
「寝室は、一つでいいと思うんだ。その方が、この部屋も広く使えるし」
「ま、毎日一緒に寝るのか?」
「ダメ?」
ダメじゃないけど、と衛は薄く唇を開いた。
(早紀のお父さんがこの状況を知ると、怒るだろうな……)
衛の人柄を見込んで、大事な息子を預けた父だ。
それが、すぐに恋人になっちゃう、だなんて。
信頼を裏切ったようで、衛は後ろめたさでいっぱいだった。
だが、早紀の思いは違っていた。
「別に、毎日エッチしたい、って言ってるんじゃないよ。ただ、隣にいて欲しいんだ」
そう訴える早紀は、どんどんうつむいていく。
(やっぱり、まだ辛いんだな)
衛は、早紀の手を握り返した。
「私で良ければ、喜んで抱き枕になるよ」
「ありがとう!」
すばやく早紀は、衛の頬にキスを贈った。
「おいおい。誰にでも、こんなことしてたのか?」
「してないよ。衛さんだけ!」
再び元気を取り戻した早紀に、衛は瞼を伏せて微笑んだ。
彼の笑顔が、ただ眩しかった。
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