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第十三章 デビュー!

 早朝、早紀は衛の運転する車に乗り、メビウスへ向かった。 「あぁ、眠いよぅ」 「うちは、モーニングサービスをやってるからね。毎朝、早いぞ」  車内で少しウトウトしたが、到着するころには早紀はぱっちりと目を開いていた。 (いよいよだ。僕の新しい生活が、始まるんだ)  瞳を輝かせてドアを開ける早紀を見て、衛は安心した。 (これが少しは、生活の張りになってくれればいいな)  そんな風に考えて、笑顔になった。  店内に入るなり、いそいそとカウンターに入る早紀だ。  そして、こう言い放った。 「さぁ、早く美味しいコーヒーの淹れ方、教えて!」 「それはまだ、少し早いな」  喉で笑いながら、衛はモップを早紀に手渡した。 「まずは、掃除からだ」 「あ、そうか」  掃除なら、簡単だ。  学校で毎日やっていたから。  早紀は、ふと友人たちを思った。 (みんな、どうしてるかな……)  だがすぐに、床をモップで磨き始めた。 「終わったよ! はい、コーヒーの淹れ方……」 「まだまだ。次はテーブルを拭いて、アルコールで除菌だ」  むぅ、と早紀は先回りをして訊いてみた。 「いつになったら、教えてくれるの?」 「それは、まず掃除や洗い物、接客を身に着けてからになるな」  しゅん、と早紀は肩を落とした。  この調子では、まだまだ先になりそうだ。  だが、いちいち凹んでなんかいられない。  早紀は店内を磨き上げ、グリーンに水をやった。  手を抜くことは、しない。  これは、修行。 (衛さんは、きっと僕を試してるんだ)  そう考えて、頑張った。  気分を悪くして、雑に振舞ったりしたら、きっと嫌われる。 (僕、衛さんの恋人だもん。恋人のお店を一緒に経営するなんて、素敵だもんね!)  鼻歌など歌いながらも、しっかりと仕事をこなす早紀に、衛は驚いていた。  正直、宮木のアシスタントになる程度の働きだろうと、見くびっていたのだ。  それなのに、彼は上機嫌で、与えられた仕事を十二分にこなしている。  これは、嬉しい誤算だった。 「早紀、お疲れ様。さあ、オープンだ」 「はい!」  早紀は『営業中』の看板を、表に出した。  そこには、もうすでに数人の客がやってきていた。 (意外に、商売繁盛してるんだね)  みんな、メビウスのモーニングを目当てに集まっているのだ。 「おはようございます、みなさん! お待たせしました!」 「おぅ、元気だね」 「新しい、スタッフさん?」  早紀の元気な挨拶は、客を喜ばせた。 「いらっしゃいませ。寒かったでしょう、ごめんなさい。さぁ、どうぞ中へ」 「ありがとう。お邪魔するよ」 「気が利くね」  いらっしゃいませ、以上の温かな言葉のおもてなしは、客の心を温めた。  客は全てが常連なので、衛はオーダーを聞くことなく準備を進めて行った。 (皆さん、モーニングセット。吉井さんは、パンをカリッと焼く。三村さんは、ブレンド濃い目。下條さんは……) 「衛さん、オーダー取って来たよ!」 「早紀。わざわざ訊いてくれたのか?」  えへへ、と早紀は得意げだ。 「皆さん、モーニングセット。吉井さまは、トースト固め。三村さまは、コーヒー濃い目にして。下條さんは、卵を半熟にしてね」 「ありがとう。承知したよ」  店を見回し客に目をやってみると、みんなこちらを見て軽く頷いている。 (皆さん、ありがとうございます)  きっと、早紀を早く一人前にしてあげようと、協力してくれたのだろう。  そんな温かな心に、衛は張り切ってコーヒーを淹れた。 「マスター。新しいウェイターさん、なかなかやるじゃないか」 「ありがとうございます」 「明るい、いい子だね」 「はい。おかげさまで」  そして。 「どうして『早紀』って名前で呼んでるの?」  この質問に、衛は冷や汗をかいた。 (仕事中は『早紀くん』と呼ぶべきだったか)  返答に困った衛の代わりに、早紀が笑顔で応えた。 「僕、衛さんの恋人なんです!」 「え! そうなの!?」  一瞬にして、ざわめく店内だ。  それぞれがスマホの操作などしていた常連たちが、全員顔を上げて衛と早紀を見た。 「いえ、あの。それは、つまり」 「衛さん、そのうちバレるよ。早めに自白しておいた方が、いいよ」  そんな二人のやり取りに、周囲からは笑い声が生まれた。 「さっそく、尻に敷かれてるね。マスター」 「可愛い恋人じゃないか」 「大事にしないと、罰が当たる」  好意的な客の反応に救われた、衛だ。  だが、背中には冷や汗どころか、滝汗をかいていた。  やがて客が去り、忙しい時間帯をクリアしたところで、衛は早紀を間近に呼んだ。 「早紀、さっきのは……あれは、ちょっとマズいよ」 「何のこと?」 「恋人です、っていうのは」 「だって、ホントのことだし」  けろりとしている早紀に、衛の心はブレた。 (早紀の方が、正しいのか? 私の考えは、固いのかな) 「そういう時はね、まぁいいか、って考えるといいよ」 「仕方がない。そういうことにしようか」 「うんうん。そういうこと!」  これでは、後ほどやって来るアルバイトの宮木にも、早紀は同じことを言うだろう。 (しかし、早紀がせっかく笑顔を見せているんだ)  注意したり、恋人であることを隠したりすると、落ち込むかもしれない。 (まぁ、いいか)  そう考えると、確かに一歩前へ進める。  衛は、魔法の言葉を一つ、早紀から教えてもらった。

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