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第十五章 コンパしよう!

 衛の用意してくれたホットココアを手に、早紀と秀一は休憩室でくつろいでいた。 「忙しかったですね。午後はいつも、こうなんですか?」 「いや、今日は少し違うな。急に、お客様が増えた感じがする」  その答えに、早紀は嬉しそうに言った。 「僕、SNSにメビウスを紹介したんです! その効果かなぁ?」 「そんなこと、しちゃったの!?」  商売は繁盛した方がいいと思って、と早紀は無邪気なものだ。 (マスターはメビウスを、大人の隠れ家にしたい、と言ってたけどなぁ)  大人の、秘密の隠れ家。  それが衛の、メビウスの基本理念だった。  心からくつろいでいただける、上質な時間を提供したいと言っていた。  だが秀一は、早紀にそれを告げることは控えた。  衛に、こっそり聞いたのだ。  早紀の父が失脚して、姿を消した、と。 『今、早紀は傷ついた心を抱えてるんだ。少しの失敗は、許してやって欲しい』  そう、早紀のことを頼まれたのだ。  早紀を、先輩として支えていかなければ、との責任感が秀一には生まれていた。  だがしかし。 (……ん? 早紀?) 『今、早紀は傷ついた心を抱えてるんだ。少しの失敗は、許してやって欲しい』  姓ではなくて名前? しかも、敬称無し? (まさか、早紀くんとマスターは!?) 「ね、早紀くん。マスターと早紀くんって、どういう関係?」 「あのね。おととい、恋人になっちゃった……!」 「え!?」  少し頬を染めて、うつむき加減な早紀が可愛い。 (ま、マジか!? も、もう、キスとかしたのか!?)  しかし、それを訊ねるには、もう少し距離を縮めてからの方がいいだろう。  一人であたふたしている秀一をよそに、早紀の方からいろいろと訊いてきた。 「宮木さん、大学って楽しい?」 「今は少し、余裕ができたかな。二年生までは、みっちり勉強したよ」 「恋人とか、いるの?」 「え? まぁ、ね」 「わぁ! いつから付き合ってるの?」 「うん、高校時代から」 「結構長い! いいね、素敵だなぁ」  そんな会話で、休憩時間はあっという間に過ぎて行った。  午後17時に、秀一は仕事から上がった。 「じゃあ、今日は少し早く終わらせてもらいます」 「ありがとう、楽しんでおいで」  バッグを手にした秀一に、早紀は素朴な疑問を投げかけた。 「今日は早く、って? 楽しんで、って?」 「今夜、コンパがあるんだ」  手を振る衛につられて、早紀も手を振り秀一を見送った。 「衛さん。コンパ、って何?」 「仲間同士の飲み会、ってところかな」 「いいなぁ、僕もコンパやりたい! 衛さん、コンパしよう!」 「たった二人で、か?」  それでも衛は、にこにことうなずいた。  いいとも、と笑った。 「今夜、コンパしよう。帰りに、居酒屋に寄るぞ」 「やったぁ!」  家族だけでなく、友達も失った早紀だ。  衛は、彼の父であり、友達であることを決意していた。 (早紀は、恋人と言ってるが)  そして私も、まんざらでもないのだが。  それでもやはり、まだ14歳も年下の少年を恋人認定はしづらい。  じっくりと愛情を深めていければ、と考えていた。 「僕、梅酒ロックがいい!」 「ダメだ。お酒は二十歳になってから!」  ケチ、と唇を尖らせる早紀は、衛に連れられて居酒屋へ来ていた。  何かの焼ける匂いに、アルコールの香り。  大勢の人たちに、酔っぱらいの笑い声。  味わったことのない雰囲気に、早紀はワクワクしていた。 「衛さんだけお酒飲むなんて、ずるい」 「私も飲まないよ。車だからな」  運転は代行業者に頼めばいいことだが、衛は早紀に気を遣ってノンアルコールのビールを頼んだ。 「じゃあ、衛さん。乾杯!」 「乾杯!」  二人でグラスを鳴らして、ドリンクを飲む。  それは久々に、早紀の心を浮き立たせた。 「ふふっ。楽しいなぁ」 「今度、歓迎会をしよう。早紀の、歓迎会を。宮木くんも一緒に」 「ありがとう!」 「宮木くんとは、うまくやっていけそうかい?」 「大丈夫。優しい人みたいだよ」  そこへ、注文した料理が運ばれてきた。 「衛さん、何を頼んだの?」 「居酒屋メニューの定番さ」  焼きおにぎりに、ブリかま。  揚げ出し豆腐に、焼き鳥の盛り合わせに、大きな卵焼きもあった。 「すっごい大きな卵焼き!」 「この店の名物、ジャンボだし巻き卵だ」  こんな料理、初めて見る。  こんな料理、初めて食べる!  早紀はそこで、ふと父を思い出した。 (お父さんと一緒に、来てみたいな) 「早紀、飲み物のお代わりは?」 「え? あ、まだいいよ」  衛は、早紀の微妙な変化に気が付いていた。  そして、あえて口にした。 「早紀が20歳になったら、お父さんと一緒に飲みに来るといい」 「うん。そうだね」  そう、あと二年。  それまでに、父さんと再会できるかもしれないし、できないかもしれない。 (でも僕は、前を向いて生きるんだ)  それが、父さんの願いなんだから。 「衛さん。この『もちもちチーズ揚げ』って、食べてみたい!」 「よし、どんどん頼もう!」  賑やかで、ご機嫌な人たちに囲まれて、二人は酔った。  ノンアルコールで、未来へのささやかな希望に、酔った。

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