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第十六章 波乱の予感
衛と早紀が、二人だけのコンパを楽しく開いているその時、秀一もまた大学の友人たちと、盛り上がっていた。
偶然にも、同じ居酒屋の二階で、大部屋を貸し切って飲んでいたのだ。
二人も秀一も、そのことには気が付いていない。
それぞれで、賑やかにやっていた。
「へぇ。その新しいバイトくんが、前に話してた大金持ちの坊ちゃん?」
「そうなんだ、ビックリしたよ」
「働かなくても食っていけるほどの富豪が、バイト?」
「何か、事情があるみたいだ」
秀一は、早紀の父親の件を打ち明けなかった。
うっかり話すと、どこからか漏れるかもしれない。
(早紀くんのお父さんが、借金取りに見つかるとマズいからな)
彼は、早紀の話題をここでお終いにしたかったが、酔った友人らが絡んできた。
「いいなぁ、新しい出会い! なぁ、その子って可愛い?」
「第二性は、オメガだったりする?」
「そ、それより、料理追加しないか?」
そうやって、はぐらかそうとしたことが、返ってマズかった。
「おぉ!? 隠すのか? さては、激カワ!?」
「独り占めは、許さん! 俺に紹介しろ!」
「違う、って。そんなんじゃ、ないって!」
だったら正直に話せ、としつこく絡む友人らに、秀一はスマホの画像を見せた。
記念にと、衛と早紀、そして秀一と三人で、メビウスを背景に写したものだ。
全員が頭を寄せ合い、順番で早紀の容姿を確かめた。
そして、見れば必ず感嘆の声を上げた。
「ギャー! 超カワイイ!」
「こんな子と一緒に、バイト!?」
「口説く! 俺、速攻で口説く!」
最後に、こう締めくくられた。
「おぉい、宮木。お前、浮気するなよ?」
ちらり、と秀一は隣に座っている桂(けい)を見た。
彼は、もくもくと料理を口にしている。
(ヤバい。怒ってる!)
桂は、秀一の恋人だった。
「な、なぁ。怒らないでくれよ、桂」
「別に、怒ってないし」
怒ってるじゃん、と秀一は心の中でつぶやいた。
(同じオメガでも、早紀くんとは真逆だな。いや、早紀くんの方が、珍しいんだ)
第二性がオメガの人間は、どうしても周囲から能力を低く見られがちだ。
そのため、陰湿ないじめ被害に遭いやすい。
桂もそうしたオメガの一人だったので、どうしても性格が大人しい。
高校生の時に、いじめ被害に遭っていた彼を救ったのが、秀一だったのだ。
「僕、秀一と別れないからね。絶対に、別れないからね」
「当たり前だろ。ほら、飲み直そう」
栗色の髪を乱して上げた、桂の白い顔。
長い睫毛が、少し濡れている。
彼は、会ったことも無い早紀に嫉妬し、密かに涙していたのだ。
「ちょ、おい。泣くなよ」
「だって。秀一が、他の子と浮気なんかするから……」
「だから、してないって!」
小声だが、秀一は全力で否定した。
うつむいている桂と、彼に何か話しかけている秀一。
コンパの幹事は、その姿に気付いた。
「どうかした? 桂チャン、具合でも悪くなったのか?」
「えっ? あ、いや……」
これも否定しようとした秀一だったが、桂がすばやく立ち上がった。
「そうなんだ。僕、ちょっと酔いすぎた。悪いけど、先に帰るね」
「気を付けてな。宮木、送って行けよ」
「ぅん? あぁ、もちろん……」
桂がオーダーしたのは、度数の低い酎ハイや、ソフトドリンクばかりで、それほど酔っていないことを、秀一は知っている。
(何、考えてるんだか?)
さっさと靴を履いている桂の後を追い、秀一も急いでバッグを持った。
二人が大部屋を出て、一階へ降りる階段の曲がり角に差し掛かかったところで、桂は振り向いた。
「ねぇ、キスして」
「ここで?」
「そう。ここでキスしたい」
誰かに見られるかもしれない。
それは秀一には恥ずかしいことだったが、桂は今ご機嫌斜めだ。
(仕方ない。軽いキスを素早く……)
ところが唇を合わせた途端、桂は秀一の首に腕を伸ばして、深く繋がってきた。
「ぅむ、ぅく、ぐぅ……」
秀一が不意を突かれてもがいていると、階下から人の声がする。
「衛さん、ここから二階へ昇れるみたい」
「貸し切り専用の、お座敷になってるんだ」
聞き慣れた声に、秀一は驚いた。
(弓月さん!? そして、早紀くん!)
「じゃあ、僕の歓迎会は、二階のお座敷でしようよ!」
宮木さんも一緒にだよ、と無邪気な声が遠ざかっていく。
(見られてないよな。バレてないよな)
冷や汗をかく秀一の頬を両手で挟み、桂が離れてニィッと笑った。
「じゃ、ホテル行こっか」
「あ、うん……」
(桂は可愛いんだけど……少し重いよな)
秀一は、朗らかで軽やかな早紀を思った。
思ってしまった。
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