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第二十章 揺れる心

 メビウスに現れた白いクリスマスツリーは、お客たちを喜ばせた。 「ここは、そういうイベントはしないと思ってたけど」 「ぱっと、明るくなったね」 「雰囲気、良いよ!」  クリスマスブレンドのコーヒーも、評判は上々だ。  そして、それに添えられる、早紀が焼いたジンジャーマンクッキーも。  180度がらりと変わったメビウスのクリスマス商戦に、秀一は驚いていた。 「マスター、すっかり早紀くんに感化されちゃったんだなぁ」 「秀一さんのおかげだよ。折り紙の星、すごい効き目だったよ!」 「作った星は、どうしたの? もう、捨てちゃった?」 「こっそり、お店のツリーに飾ってあるよ」  大切な、お星さまだからね。  僕と衛さんに、クリスマスを運んでくれた、思い出のお星さま。  ベッドのヘッドボードなんて、ちょっと動けば破れてしまうようなところに貼っていたのに、衛さんはそうしなかった。  大事に、痛まないように、貼りなおしてくれていた。  早紀には、それが一番嬉しかった。 「来年も、再来年も。衛さんと一緒に、クリスマスが祝えればいいな」  そしてその時は、お父さんも一緒に。  そうつぶやきながら、早紀は折り紙でまた星を作り始めた。 「秀一さん、聞いてよ! 衛さんったら、ひどいんだ!」 「えぇ? さっきまで良い雰囲気で、クリスマスの演出してたのに?」  休憩室で荒れる早紀を、秀一はなだめた。  まずは話を聞こうじゃないかと、落ち着かせた。 『ね、衛さん。クリスマスは、臨時休業にしないの?』 『そこまでは、できないぞ』 『何でだよぅ』 『今年の24日と25日は、週末だ。お客様が一番多い時に、休業はできないよ』 『じゃあ、いつなら休めるのさ』 『いつもの店休日』 『火曜日じゃん!』  火曜日となると、27日だ。 「もうそんなの、お正月じゃないかぁ!」 「仕方がないよ。それが、接客業の運命なんだからさ」 「また、折り紙で星を作ろうかなぁ」  ぶぅぶぅと文句は言うが、怒りを聞いてもらって少しは落ち着いたのか、早紀は話題を変えてきた。 「ところで、秀一さんはクリスマスの予定あるの?」  イヴは、恋人さんと過ごすのかな?  冷やかすようにニヤけた早紀の視線に照れながら、秀一はうなずいた。 「うん、まぁ……店の予約とかは、してる」 「いいなぁ!」  クリスマス・イブに、素敵なレストランで食事。  プレゼントの交換。  そして……。 (ホテルでエッチしたり、するのかな?)  これまで意識したことは無かったが、秀一は21歳で立派な大人の男性だ。 (秀一さんが誰かとエッチ、とか……何か生々しいな)  いや、そんな風に見ちゃいけない!  早紀は、ふと浮かんだ思いを必死でねじ伏せた。  秀一のことを、今では兄のように慕っている、早紀だ。  真面目で、優しくて、頼もしいお兄さん。  ワンオペ育児で、しかも仕事が忙しい父を持つ早紀は、独りで留守番などしている時には、兄弟が欲しかったと寂しく感じていたものだ。  早紀は妄想を振り払うと、秀一に笑顔を向けた。 「楽しんでね、クリスマス」 「24日は、バイト早上がりさせてもらうよ。ごめんね」 「いいよ、気にしないで」 そんな会話をしていると、衛が休憩室に顔をのぞかせて来た。 「早紀、ちょっといいかな。グループのお客様が入って、人手が足りないんだ」 「はーい!」  早紀が出て行き、休憩室は秀一だけになった。 「早紀くん、いつも朗らかでいいよな」  過酷な逆境に置かれながらも、明るい笑顔を忘れない少年。  メビウスをクリスマスカラーに塗り替えたのも、彼の功績だ。 「俺から、何かしてあげられないかな」  そんな風に、秀一は考えるようになっていた。  なってしまっていた。  もちろん、恋人は桂だ。  だが、それでも早紀の魅力は秀一の心の中に、どんどん食い込んでくるのだ。 「そうだ、クリスマスプレゼントを……いやだけど、俺には桂がいるし」  しかし、クリスマスに贈り物をするくらい、浮気にはならないのでは? 「でも、肝心の早紀くんは受け取ってくれるかな」  マスターを恋人と公言してはばからない、早紀だ。  一方的な好意は、かえって迷惑かもしれない。  そこまで考えて、秀一は、ふと気づいた。 「早紀くん、弓月さんのマンションで一緒に暮らしてる、って言ってたな」  と、いうことは。 「あの二人、夜は……エッチとか……」  してるんだ、と思い、秀一は一人で赤くなった。 「ああ、もう! ホントに俺って、最近どうかしてる!」  ここでこうして休んでいても、落ち着かない。  まだ休憩時間は残っていたが、早々に表に出て行った。  そうでもしないと、早紀への想いがますます募りそうで、怖かった。

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