22 / 46

第二十二章 素敵なディナー

「やっぱり……思ってた通りだった……」  早紀は、一流ホテルの柔らかな絨毯を踏んでいた。  服は、いつの間にか衛が車に運んでいたスーツに着替えた。  シューズも、ピカピカの革靴に履き替えた。  キラキラのホテルのフロアでも、物怖じしないで背筋を伸ばしている、早紀だ。  その姿に、衛はにっこり笑った。 「さすが、こういう場所にも慣れてるんだな」 「お父さんに、たまに連れてきてもらったから」  久しぶりだな、と早紀は嬉しそうだ。  その明るい笑顔に、奮発した甲斐があった、と衛は喜んだ。 「こういうところに連れてきてくれそうだな、って思ってたんだ」 「バレてたのか」 「だから、夕方に失敗しちゃった。ごめんなさい」 「まさか、あの時から楽しみにしていてくれたとは」  予約席に着き、ノンアルコールのシャンパンで乾杯だ。 「衛さん、ワイン飲んでもいいよ?」 「車だからな」  それに。 「それに、こういうところでワインを飲むと、恐ろしい金額になる」  ふふっ、と早紀は笑い、その後じっと衛を見つめた。 「衛さん、これはクリスマスのお祝い、って考えてもいいのかな?」 「そのつもりだよ。すまないな、24日じゃなくて」 「ううん。僕、すごく嬉しい」  思えば父も、早いクリスマスや遅いクリスマスを、早紀に演出してくれたものだ。 「忙しいから、ってスルーされるより、ずっとずっと嬉しいよ!」 「良かった」  喜ぶ早紀を見ることが嬉しい、衛だった。  そして早紀も、優しい衛の微笑みを眺めては、心を温めた。  メビウスはクリスマスも営業するから、と。  その代わりに連れてきてもらった、一流ホテル。  早紀にとっては、久々の贅沢だ。 (それより、衛さんが。あの衛さんが、こんなクリスマスの演出をしてくれるなんて!)  つい最近まで、クリスマスツリーすら飾ろうとしなかった衛の、劇的な変化だった。  展望レストランなので、夜景がとても美しい。  しかし衛は景色よりもまず、早紀の体を案じた。 「窓際で良かったかな。寒くないか?」 「ううん。エアコン利いてるから、大丈夫。外からの冷気が、気持ちいいくらいだよ」  そう言われれば、少し赤く見える早紀の頬だ。  衛は、日中の早紀の様子を思い出した。 「具合はいいのか? やっぱり、熱を測った方が良かったんじゃないかな」 「熱があったら、このレストランもキャンセルじゃん」  大切な記念日だから、少しくらいは無理をしたい、早紀だ。 (それに、失敗したのは別の理由だからね)  早紀は心の中で、ぺろりと舌を出した。  早紀が昼間にメビウスで失敗したのは、衛との外食に大きな期待を寄せていたからだ。  そしてそれは、本当に実現した。  一流ホテルのレストランで、ディナー。 (まさか、思ってたことがリアルになるなんて!)  嬉しい驚きは、さらに続いた。  早紀がご機嫌でいると、衛がバッグから何か取り出しているのだ。 (プレゼントだ!)  早紀の胸は、躍った。 (婚約指輪だったら、どうしよう!?)  だがしかし。 「さぁ、食事にしようか」 「え? うん……」  まぁ、いいか。 (お楽しみは、もう少し先に取っておこう、っと!)  二人で過ごす、初めてのクリスマス。  そんな記念日が、前倒しで始まった。 「黒毛和牛フィレ肉の、ロッシーニ風でございます」 「ありがとう」  意外にも、衛はフレンチの作法を熟知していた。  戸惑うことなく、流れるような仕草でナイフとフォークを操る。  その様子に、早紀はいろいろと考えを巡らせた。 (慣れてるのかなぁ。あっ、まさか……!?)  まさか元・恋人と、フランス料理をよく食べてた、とか? 「どうした?」 「衛さん、テーブルマナー身に着けてるんだなぁ、って思って」 「ぅん? まぁ、この年齢だからな」  澄まし顔で、年齢のおかげにしてしまう、衛だ。  大人の余裕を失わない彼に、早紀は密かに唇を尖らせた。 (何か、はぐらかされた気分だよ)  しかし、早紀の心に湧いたモヤは、すぐに晴れた。  衛が、食後のお茶を飲む時間に、贈り物を差し出したのだ。 「これを、早紀に。クリスマスプレゼントだ」 (ついに、運命の時が……!?)  早紀の胸の鼓動は、期待で爆発寸前だった。

ともだちにシェアしよう!