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第二十六章 大切な存在

 衛と早紀、二人で手を繋いで歩いた先の公園には、クリスマスマーケットができていた。  日中でも瞬く、イルミネーションの灯り。  そこかしこに並ぶ、色とりどりのツリー。  平日の昼だが、多くの人で賑わっており、美味しそうな匂いのする屋台もたくさん出ていた。 「衛さん。僕、グリューワインが飲みたい!」 「お酒は20歳になってから!」  早く大人になりたいなぁ、とぼやく早紀だが、衛はそれをただ見守った。 (ゆっくり大人になればいい。急ぐことは、ないんだよ) 「こいつを食べようか。ザワークラウトグーラッシュだ」 「美味しそう!」  ドイツ風ビーフシチューを、衛と早紀はベンチに掛けて食べた。 「ね、衛さん。来年もまた、クリスマスデートしてくれる?」 「気が早いな。もう来年の話か」 「こういうの、鬼が笑う、って言うんだっけ?」 「若いのに、よく知ってるなぁ」  衛は笑顔で、その来年の話をした。 「来年は早々に、お正月デートをして欲しいんだが。どうかな?」 「嘘! いいの? メビウスは!?」 「さすがに、三が日くらいは休もう」  やったやった、と早紀は大はしゃぎだ。  しかし、はしゃいだ後は、急に大人しくなった。 (初詣して、おみくじ引いて。初売り行って、その後……)  姫初め、だよね!  早紀がちらりと衛の方を見ると、彼は指に着いたソースを舐めている。  途端に、早紀の体の芯に火が点いた。  あの指が、舌が、僕を苛める。  僕は、僕じゃなくなっちゃう。 「どうかしたか?」 「う、ううん。何でもない」  ひとりでに張ってくる下肢を感じて、早紀は気を逸らそうと必死だった。  そんな彼の気配を、アルファの衛はうっすらと感じ取った。 (オメガのフェロモンが、少し漏れてるようだ) 「早紀」 「な、何かな!?」 「今から、ちょっと薬局に行こうか。いや、病院の方がいいかも」 「衛さん、具合が悪いの?」  早紀の笑顔が、曇った。  そんな彼を、衛は切なく感じた。 (自分のことより、私への心配が先に立つのか)  薬局や病院に行くと聞いて、まず相手の身を労わる早紀に、衛の心は切なく疼いた。  いや、それは。  私ではなくて、早紀のためだ。 「フェロモン、少し強いみたいなんだ」 「えっ?」 「昨夜から、だが。早紀から、オメガのフェロモンを感じる」  私はアルファだから解る、と言う衛を見る早紀の顔が、みるみる赤くなった。 「嘘……」 (は、恥ずかしい!)  だったら僕が今、いけない妄想に耽ってたことも、お見通し!? (エッチなこと考えただけで、衛さんにはバレちゃうのかな?)  頬を染め、落ち着きをなくした早紀に、衛は教えた。 「私だけじゃなく、周囲にも。敏感な人間には、解るんだよ」 「う、うん」  だから、今より少し強い発情抑制剤を服用して欲しい、と衛は言う。  ただ、それだけでは終わらなかった。 「他人に、早紀に対して色目を使われたくないんだ」  きっぱりと、まるで宣言するかのような口調だった。  うわぁ、と早紀はのぼせ上った。 『他人に、早紀に対して色目を使われたくないんだ』  衛の言葉は、早紀の胸深くまで飛び込んだ。 (これって……早紀は私のものだ! ってこと?)  見ると、衛は真面目な表情だが、耳が赤い。 「衛さん、ひょっとして照れてる?」 「ぅん? いや、別に?」  しかし、軽く視線を逸らして、鼻の頭に指先で触れる仕草は、衛の照れ隠しだ。  彼のそんな癖まで、早紀はもうすっかり覚えていた。 (ホントは、ちょっぴり照れてるんだね。衛さん)  真冬というのに、早紀の心はぽかぽかと温まった。 「嬉しいな。僕のこと、そんな風に考えてくれてるなんて」 「前にも言ったろう? 早紀は私の大切な人なんだ」  以前は、早紀の父から預かったから、大切な存在だった。  しかし今は、それ以上の意味を持っている。  大切な恋人、なのだ。 「こっちへおいで、早紀」 「はーい」 「もっと、私にくっついて」 「はい?」  衛は羽織ったロングコートで早紀を包むように抱き寄せ、ストリートを歩き始めた。  これで少しは、オメガ・フェロモンの拡散を防げる。  他人の目から、早紀を守れる。 「えへへ。あったかいな」  衛の心配をよそに、ご機嫌な早紀だ。  そのまま駐車場まで歩くと、衛の自動車が待っている。  彼の庇護から離れることは惜しかったが、早紀は仕方なくコートから出てナビシートに座った。  しかし、こう訊ねずにはいられなかった。 「ねぇ、衛さん。クリスマスデートは、まだ継続中?」 「家に帰るまでが、デートだよ」  二人、そっと近づいて唇を重ねた。  冷え切った車内が暑くなるほど、甘い甘いキスをした。

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