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第二十八章 泣き笑いの秀一
エアコンの暖気と、衛が淹れたコーヒー。
そして、早紀の心配そうな視線。
それらのおかげで、冷えた体と心が温まると、秀一は少しずつ話し始めた。
自分がどうして、今ここに居るのかを。
「実は……別れたんです。桂と」
秀一は、うなだれたまま打ち明けた。
「クリスマスなのに? イヴに、恋人と別れたの?」
「うん……」
衛も、眉をひそめた。
(若い子なら、今夜こそ絆を深めるチャンスだろうに)
秀一の話では、桂が待ち合わせ場所になかなか現れなかった、という。
「それで、電話したら」
別れの言葉が返って来た、と。
『桂、遅いよ。何かあった? 事故とかじゃないよな?』
『うん、大丈夫。でも、ごめん。今夜は、秀一と会わないから』
『どうしてだよ!? あんなに楽しみにしてたじゃないか!』
一ヶ月以上前から、レストランの予約をしていた、秀一。
桂も、プレゼントに欲しいものを彼におねだりなどしていたのだ。
それが、まさかの当日にキャンセルされるとは。
『なぁ、桂。機嫌直せよ。俺、何か怒らせるようなこと、した?』
『秀一は、バイト先の早紀くんのこと、好きなんだよね。僕、知ってるんだから』
桂の鋭い言葉に、秀一は息を飲んでいた。
『何を言い出すかと思えば……誤解だよ』
『一瞬、返事が遅れたね。図星ってことじゃん』
秀一は必死で言い訳を繰り返したが、桂は通話を切ってしまった。
桂が指摘した、秀一の早紀への想い。
これはさすがに、本人や衛の前では言えない。
秀一は、他に好きな人がいるんだろう、と誤解されたようだ、と二人には話した。
「桂は昔から、ヤキモチ妬きなところがあって。今回も、それだと思うんだけど」
「でも、秀一さんはクリスマスのために一生懸命がんばったのに!」
「俺、もう何が何だか解んなくなっちゃって。気づいたら、メビウスに足が向いて……」
ここに来たことは、正解だ。
衛は、そう考えた。
そんな夜に独りでいると、ろくなことを考えやしないからだ。
「宮木くん、良かったら私のマンションに来ないか? クリスマスパーティーをしよう」
「賛成! 賑やかな方が、いいもんね!」
でも、と秀一はためらった。
「弓月さんと早紀くんの邪魔をしちゃ、悪いし……」
「気遣いは、無用だよ。むしろ、来てくれた方がありがたい」
「ご馳走が余ると、もったいないもんね!」
衛と早紀に励まされ、秀一はようやく立ち上がった。
二人の温かな言葉がなければ、倒れたボクサーのように、いつまでも動けないところだった。
マンションへ向かう衛の車内では、早紀がナビシートではなく後部座席へ座り、秀一をいたわった。
「昼間は、プレゼントありがとう。靴下、すごく気に入ったよ」
「色は、あれで良かったのかな」
「あったかそうな色だよ」
秀一はそこで、早紀の手首にブレスレットを見た。
エッジの銀がきらめいて、秀一にはそれが眩しく輝いて見えた。
「ブレスレット、もしかして弓月さんからのプレゼント?」
「あ、解っちゃった?」
「良かったね」
「うん!」
きっと、高価な品に違いない、と秀一は考えた。
そして自分も、精いっぱい背伸びをして、桂へのプレゼントを準備していたのだ。
それが、何もかも無駄になった。
一方的に、嫌われたのだ。
(やばい。何か、涙が出そうだ)
そこへ、早紀がそっと声をかけて来た。
「秀一さん、辛かったら泣いてもいいと思うよ? 僕だって、いっぱい泣いたし」
「早紀くん」
「泣いて、そして前を向くんだ。僕は、それで乗り越えたよ」
「う、うん」
それでも、年下の早紀の前では、泣きづらい。
必死で耐えていると、その早紀が突然に歌い始めた。
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー!」
「さ、早紀くん?」
「泣けないのなら、歌おう! 馬鹿みたいに!」
「そうだな。そうだよな!」
大声で歌い、わめくうちに、秀一の目からは自然に涙がにじんできた。
(桂、何でだよ。絶対に別れない、って言ってたじゃないか!)
ひどい裏切りを受け、秀一は傷ついていたのだ。
「暴れん坊の、サンタクロース! クリスマス前に、やって来たー!」
「早紀くん、それは『あわてんぼう』だろ?」
秀一は、泣きながら笑った。
泣き笑いだ。
「泣いて、秀一さん。いっぱい泣いて、いいんだよ!」
「う、うぅ。でも、暴れん坊は、ないだろ?」
車内は泣き声と笑い声の、混沌とした空間だ。
ステアリングを握る衛も、微笑んでいた。
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