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第三十一章 桂の気持ち

 新しい恋、見つけたらどうかな。  早紀の、そんな何気ない一言が、秀一を慌てさせた。  (俺、早紀くんのこと……!)  愛らしい容姿に、明るい性格。  世話焼きの、優しさ。  桂とは真逆の魅力に、早紀は輝いていた。 「あ、あの、さ。早紀くんは、弓月さんが、好きだよね」 「うん。好きだよ」 「両想い?」 「うん!」 「ど、どこまで……いってるの?」 「え!?」  それはつまり、こうだろう。  秀一は、早紀と衛が体の関係を結んでいるかと、訊いているのだろう。  早紀は、途端に赤くなった。 「そ、それって、言わなきゃダメかな?」 「え、あ。ご、ごめん。俺、変なこと訊いた!」  早紀はイエスとは言わなかったが、もう聞かなくても解る。 (言いたくない、恥ずかしい、ってことは……!)  これはもう、身も心も全てを許して愛し合った、ということだ。  秀一は、焦って立ち上がった。 「あの、俺、もう行かなくちゃ」 「もっと、ゆっくりしていっていいんだよ?」 「いや、早紀くんも、メビウスに行かなきゃならないし」 「それは、そうだけど」  ホントに、もう平気?  早紀はそう言いながら、秀一の顔を覗き込んだ。 (近い! 顔、近いよ! 早紀くん!) 「そうだ。じゃあ、途中まで一緒に行こう!」  早紀はそう言うと、ちょっと待っててね、と自分の部屋へ身支度に向かった。  ダイニングに残された秀一は、一人で滝汗をかいていた。 「そんな、ダメだし! 早紀くんは、弓月さんの恋人なんだから!」  しかし、意識しないようにすればするほど、早紀の姿は秀一の頭から離れない。  もしかして。 「もしかして俺、前から少しずつ惹かれてたんだ。早紀くんに」  そして、それに勘付いた桂が、別れを切り出した、と。  そう考えると、何だかつじつまが合う。 『なぁ、桂。機嫌直せよ。俺、何か怒らせるようなこと、した?』 『秀一は、バイト先の早紀くんのこと、好きなんだよね。僕、知ってるんだから』  別れ話も、こんな具合だったし。 「そういえば、居酒屋で写真を見せた時から、桂の様子がおかしかった」  秀一は、テーブルに突っ伏した。  俺は今、失恋したばかりで、普通の精神状態じゃないんだ。  だから、早紀くんのことを……。 「お待たせ!」 「あ、いや。待ってない、待ってない」  突然現れた早紀に、心臓が高鳴る。  まるで秀一の気持ちなど気付かずに振舞う、無防備な仕草にドキリとする。  無邪気な笑顔に、心が吸い込まれそうになる。 「明日、気分が悪かったらバイト休んでいいからね?」 「平気だよ。ちゃんと出るよ」 「ぅん? 何か、強気だ!」 「まぁ、ね」  頑張ろう。  早紀くんに会うために、バイトに行こう。  秀一の気持ちは、変化していた。  失恋の痛手は、和らいでいた。 「ホントに、これで良かったのかな……」  桂は、秀一に冷たい言葉を浴びせたことを、気に病んでいた。  彼の隣には、同じ大学のサークル仲間である、今川(いまがわ)がいる。  桂や秀一と同じ、三年生だ。 「宮木の気持ちを確かめたい、って俺に相談してきたの、桂チャンだよ?」 「そうだけど……」  サークルでの飲み会で、早紀の写真を見た桂は、ショックを受けた。 (バイト先の早紀くんのことは、時々話してたけど。こんなに可愛い子だったなんて!)    そう思うと、秀一が彼の話をする時の表情や声音が、ひどく気になるようになったのだ。  楽しそうだし、嬉しそうだし、意識してそうだし。  決定的だったのは、クリスマスプレゼントを早紀にも準備した、と聞いたことだ。 『靴下、気に入ってくれるかなぁ。このブランド、人気あるから大丈夫だよな?』 『……知らない』  思い出すと、悲しくて悔しくて、涙がにじんでくる。 「ま、宮木が桂チャンに頭下げてくれば、良し。そうじゃなければ……」  そこで今川は、桂の肩に腕を回した。 「俺と付き合う、ってことで。イイよな?」 「それは、ヤだ」  ふいっ、と今川の腕をすり抜け、桂はカフェの席を立った。 (僕が好きなのは、秀一だけなんだから)  その一心で、彼からの電話を待っていた。

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