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第三十二章 父からの年賀状

「やったぁ! おみくじ、大吉だったよ!」  晴れやかな、新年が明けた。  早紀は衛と共に、初詣だ。  二人で買ったおみくじを見せ合いっこしたり、お揃いのお守りを買ったり。  楽しいひとときを、過ごしていた。 「衛さん、それは何?」 「福を招くかと思って」  衛の手のひらには、小さな招き猫の置物があった。 「可愛い! でも、衛さんがスピリチュアル系なんて、珍しいね」 「早紀の影響かな?」  衛の腕には、クリスマスに早紀から贈られた、パワーストーンのブレスレットが輝いている。  彼はそれを大切に、肌身離さず持っていた。 (以前の私なら、まず考えられないところだな)  しかし、贈り主が早紀となると話は別だ。  それを身に着けている自分を見て、喜ぶ早紀が好きだった。 「帰りに、少しだけメビウスに寄ろう」 「店休日なのに?」 「うん。だけど、業者さんから年賀状が届いていると思うから」  二人は、誰もいないカフェへと向かった。 「あぁ、やっぱり届いてる」  衛がメビウスの郵便受けを開けると、中には、十数枚のハガキがあった。  それらに目を通しながら、衛は店内に入った。 「早紀、エアコン入れてくれるかな」 「はい」  ハガキをチェックしながら、コーヒーを淹れる準備をしていた衛だったが、ふとその動きが止まった。  早紀はコーヒーカップを出しているので、それに気づかない。  衛はそんな彼に、そっと腕を伸ばした。 「早紀。君に、年賀状が来てるよ」 「僕に? 誰だろ」 「お父さんから、だよ」 「え……!?」  衛が寄こした年賀ハガキには、差出人の名前も住所もなかった。  ただ、干支のイラストが描かれている隅に、こうあった。 『元気にしているかい。きっとまた、一緒に暮らそう』  元旦に届く年賀状には、消印が押されない。  自分の居所を秘密にしたい父からの、精いっぱいの愛情だった。 「私にも、来てたんだよ」  そう言う衛のハガキには、こうあった。 『お世話になります。いましばらく、お願いいたします』 「早紀のお父さんは、元気で頑張っているんだね」 「お父さん……!」  見る見るうちに、早紀の瞳に涙が溢れてきた。 「大丈夫か、早紀」 「うん、平気。これは、嬉し涙だから」  お父さん、良かった。  返事は書けないけど、僕も元気だよ!  早紀は、大切に年賀状を胸に当てた。  衛は、複雑な思いを巡らせた。 (紀明さんの願い通り、早紀を預かってはいるが……)  だが、やはり親子そろって暮らした方が、彼のためではないか?  衛は、そんな思いを忘れたことは無かったのだ。  早紀の父が、堂々と社会に出て来られるのは、いつになるか解らない。  まずは、彼が背負わされた借金の返済をクリアしなければならない。  衛はこれまでに、いくつかの方法を考えてはみたのだ。  このメビウスを担保に、金融機関からまとまった額を借りる。  実際に見積もりを取ってもらったが、紀明の借金を全額返済するには、到底足りなかった。  では、メビウスを売却すると?  土地の名義も衛なので、これは高額になった。  それでも、まだ完全返済には届かない。  最後の手段は、衛が実家に援助を求めることだった。  だがしかし。 (弓月を頼れば、私は再びあの家に囚われる)  自由を失い、弓月一族の駒となって、生涯を終えることを強いられるだろう。  そしてそれは、早紀との別れをも意味する。  弓月家にさらなる勢いをつけるため、衛は名家と政略結婚させられるからだ。 (早紀の幸せを思えば、弓月に返済を願うべきなのだろうか)  答えの出せないまま、衛はただコーヒーを淹れた。  ひどく苦い、コーヒーだった。 「ね、衛さん。メビウスは、3日までお休みだよね」 「少し、長すぎたかな」  全然、と早紀は寝返りをうった。 「三日間、こうしていたいな~」 「おいおい。三日間、ずっとベッドの上か?」  早紀と衛はマンションに戻り、すでに寝室にいた。  おせちも、お雑煮も食べた。  初詣を済ませ、年賀状も見た。  夕食を終え、バスを使って、髪を乾かして。  そしてベッドに横になり、くつろいでいた。 「さて、寝ようか」  衛が照明のリモコンに手を伸ばすと、早紀はその腕に飛びついた。 「ちょっと、衛さん!」 「な、何だ?」 「まさかこのまま、ぐうぐう眠っちゃう気じゃ、ないよね!?」  ダメなのか、と問う衛の顔は、意地悪をしているようには見えない。  もう、と早紀は唇を尖らせた。 「僕の方から、おねだりしなきゃいけないのかな?」 「……さすが、若いなぁ」 「32歳だって、まだ若いですー!」  では、と衛は早紀の手を取った。 「姫初め、しようか」 「解ってたんだね、もう!」  早紀は衛に被さり、襲うようにキスをした。  新年の初キスは、早紀の方からだった。

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