34 / 46
第三十四章 2月14日に向けて
「ね、桂チャン。宮木から連絡とか、あった?」
「……まだ」
それを聞いた今川は、にやりと笑った。
「クリスマスから、もうすぐ一ヶ月だよ? いい加減、俺に乗り換えてよ~」
「ヤだ」
「一途だなぁ。もはや、頑固の域だけど」
「それより、秀一がサークルに顔出さない理由って、知ってる?」
桂は、心の中で期待していた。
別れた恋人である自分と、顔を合わせづらいから。
そんな風に、考えたのだ。
しかし、今川の答えは違った。
「ダブルワークで忙しい、って聞いてるよ。サークルに来る余裕が無い、とか」
「ダブルワーク?」
「うん。これまで働いてたカフェと、内定が決まってる会社」
秀一によると、社の人事課から連絡があったらしい。
入社する前からアルバイトで社風に慣れて、即戦力になって欲しい、と。
「期待されてるよなぁ、宮木は。俺も早く、どっかから内定もらいたいよ」
「秀一……」
彼が、どんどん離れていく。
(すぐに、謝ってくれると思ってたのに)
桂は、不安に押しつぶされそうだった。
「早紀くんは、ホントお菓子作りが上手だよね」
「えへへ。ありがとう」
チョコレートクッキーの試食を頼まれ、秀一はもぐもぐと口を動かしていた。
クリスマス前には、ジンジャーマンクッキーを焼いて、客に喜ばれた早紀だ。
今度はバレンタインデーに向けて、サービスの展開を計画している。
「絶品! これなら、お客様に出しても大丈夫だよ!」
「やった!」
じゃあ、衛さんにも食べてもらおう、と早紀は喜んでいる。
(衛さん、か……)
秀一は、日に日に募る早紀への想いに焦っていた。
内定が決まっている会社でアルバイトを始めたが、やはりダブルワークはきつい。
卒論の準備も始めなくてはならず、忙しいばかりだ。
そこで、思いきってメビウスでのバイトを2月で辞めることにしていた。
(悔いの無いように、告白した方がいいのかな。それとも……)
それとも、今の距離を大切に保ったまま、綺麗な思い出にしてしまう方がいいのか。
こればかりは、衛に相談するわけにはいかない。
なにせ彼は、その早紀の恋人本人なのだから。
「秀一さん。秀一さん、ったら!」
「え!? あ、ごめん。ぼんやりしてた」
「秀一さんにも、バレンタインのチョコ、プレゼントするね」
「いいの? ありがとう!」
早紀の手作りチョコがもらえるのなら、こんなに嬉しいことはない。
それがたとえ、義理チョコだとしても、だ。
「欲しいな、チョコ。ハート型のやつ」
「いいよ」
「じゃあ、俺も早紀くんに何か用意するよ」
「お、友チョコ!」
早紀は屈託のない笑顔だが、秀一はこの時に覚悟を決めた。
一人で考えても、結論が出ない。
思いきって、衛に相談することにしたのだ。
(弓月さんは大人だし、恋愛経験も豊富そうだから。きっと、良いアドバイスをくれる)
そう思い、打ち明けた。
「好きな人ができた?」
「はい」
秀一の告白に、衛は喜んだ。
彼は、元・恋人に、一方的に別れを切り出されたのだ。
さんざん泣いた過去を知っている身としては、新しい恋には賛成だった。
だがしかし。
「その人には、付き合ってる人がいて。無駄だ、って解ってるんです。でも、想いを断ち切れなくて」
衛は、すぐにピンときた。
これは、その恋の相手というのは、早紀だ。
解ったうえで、衛は秀一に語った。
「その人のこと、幸せにする覚悟や自信は、あるのかい?」
「気持ちだけは、誰にも負けないつもりです」
秀一のまなざしは、真剣だ。
そして、一人前の男の目だ。
その真っ直ぐな視線を、衛は正面から受け止めた。
秀一と早紀は、年齢が近い。
共通の話題で盛り上がっているシーンは、これまで何度も見てきた、衛だ。
(早紀しだい、だな)
彼も、秀一にはよく懐いている。
信頼し、心を許している。
衛は、瞼を伏せた。
(後々のことを考えると、14歳も年の離れた男と一緒になるより、早紀のためかもしれない)
そして秀一に向けて、前向きな言葉を贈った。
「もし私だったら、告白するよ。言わずに後悔するより、ずっといいと思う」
「ホントですか!?」
ぱっと顔の晴れた、秀一だ。
これは、やめておけと諭しても、告白する方を選んだだろう。
「想いが伝わると、いいな」
「ありがとうございます!」
そうなると。
(そうなると、私も行動を起こすべきだろう)
浮き浮きとした秀一に比べ、固い表情になった衛だった。
ともだちにシェアしよう!

