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第三十四章 2月14日に向けて

「ね、桂チャン。宮木から連絡とか、あった?」 「……まだ」  それを聞いた今川は、にやりと笑った。 「クリスマスから、もうすぐ一ヶ月だよ? いい加減、俺に乗り換えてよ~」 「ヤだ」 「一途だなぁ。もはや、頑固の域だけど」 「それより、秀一がサークルに顔出さない理由って、知ってる?」  桂は、心の中で期待していた。  別れた恋人である自分と、顔を合わせづらいから。  そんな風に、考えたのだ。  しかし、今川の答えは違った。 「ダブルワークで忙しい、って聞いてるよ。サークルに来る余裕が無い、とか」 「ダブルワーク?」 「うん。これまで働いてたカフェと、内定が決まってる会社」  秀一によると、社の人事課から連絡があったらしい。  入社する前からアルバイトで社風に慣れて、即戦力になって欲しい、と。 「期待されてるよなぁ、宮木は。俺も早く、どっかから内定もらいたいよ」 「秀一……」  彼が、どんどん離れていく。 (すぐに、謝ってくれると思ってたのに)  桂は、不安に押しつぶされそうだった。 「早紀くんは、ホントお菓子作りが上手だよね」 「えへへ。ありがとう」  チョコレートクッキーの試食を頼まれ、秀一はもぐもぐと口を動かしていた。  クリスマス前には、ジンジャーマンクッキーを焼いて、客に喜ばれた早紀だ。  今度はバレンタインデーに向けて、サービスの展開を計画している。 「絶品! これなら、お客様に出しても大丈夫だよ!」 「やった!」  じゃあ、衛さんにも食べてもらおう、と早紀は喜んでいる。 (衛さん、か……)  秀一は、日に日に募る早紀への想いに焦っていた。  内定が決まっている会社でアルバイトを始めたが、やはりダブルワークはきつい。  卒論の準備も始めなくてはならず、忙しいばかりだ。  そこで、思いきってメビウスでのバイトを2月で辞めることにしていた。 (悔いの無いように、告白した方がいいのかな。それとも……)  それとも、今の距離を大切に保ったまま、綺麗な思い出にしてしまう方がいいのか。  こればかりは、衛に相談するわけにはいかない。  なにせ彼は、その早紀の恋人本人なのだから。 「秀一さん。秀一さん、ったら!」 「え!? あ、ごめん。ぼんやりしてた」 「秀一さんにも、バレンタインのチョコ、プレゼントするね」 「いいの? ありがとう!」  早紀の手作りチョコがもらえるのなら、こんなに嬉しいことはない。  それがたとえ、義理チョコだとしても、だ。 「欲しいな、チョコ。ハート型のやつ」 「いいよ」 「じゃあ、俺も早紀くんに何か用意するよ」 「お、友チョコ!」  早紀は屈託のない笑顔だが、秀一はこの時に覚悟を決めた。  一人で考えても、結論が出ない。  思いきって、衛に相談することにしたのだ。 (弓月さんは大人だし、恋愛経験も豊富そうだから。きっと、良いアドバイスをくれる)  そう思い、打ち明けた。 「好きな人ができた?」 「はい」  秀一の告白に、衛は喜んだ。  彼は、元・恋人に、一方的に別れを切り出されたのだ。  さんざん泣いた過去を知っている身としては、新しい恋には賛成だった。  だがしかし。 「その人には、付き合ってる人がいて。無駄だ、って解ってるんです。でも、想いを断ち切れなくて」  衛は、すぐにピンときた。  これは、その恋の相手というのは、早紀だ。  解ったうえで、衛は秀一に語った。 「その人のこと、幸せにする覚悟や自信は、あるのかい?」 「気持ちだけは、誰にも負けないつもりです」  秀一のまなざしは、真剣だ。  そして、一人前の男の目だ。  その真っ直ぐな視線を、衛は正面から受け止めた。  秀一と早紀は、年齢が近い。  共通の話題で盛り上がっているシーンは、これまで何度も見てきた、衛だ。 (早紀しだい、だな)  彼も、秀一にはよく懐いている。  信頼し、心を許している。  衛は、瞼を伏せた。 (後々のことを考えると、14歳も年の離れた男と一緒になるより、早紀のためかもしれない)  そして秀一に向けて、前向きな言葉を贈った。 「もし私だったら、告白するよ。言わずに後悔するより、ずっといいと思う」 「ホントですか!?」  ぱっと顔の晴れた、秀一だ。  これは、やめておけと諭しても、告白する方を選んだだろう。 「想いが伝わると、いいな」 「ありがとうございます!」  そうなると。 (そうなると、私も行動を起こすべきだろう)  浮き浮きとした秀一に比べ、固い表情になった衛だった。

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