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第三十八章 早紀くんが好きだ
バレンタインデーという愛の日に、早紀は父と再会できた。
「お父さん……ホントに、お父さんだ……!」
父にしがみついて涙をこぼす早紀の耳に、衛の優しい声が響いた。
「お父さんが、私からのバレンタイン・プレゼントだよ」
「えっ?」
早紀が父から顔を離し、衛へと視線を戻すと、紀明は我が子に説明した。
「弓月さんは、お父さんの恩人だ。借金を、肩代わりしてくださったんだよ」
「衛さんが!?」
「3億もの大金だ。でも、お父さんは一生懸命に働いて、きっと弓月さんに返すよ」
「何? 衛さん、何でそんなに大金持ちなの?」
「黙っていて、ごめんな。私の実家が、旧家でね。資産も、それなりにあるんだ」
「弓月さんは、ユヅキホールディングスの御子息なんだ」
衛は、驚く早紀に頭を下げた。
「もっと早くに、こうしていれば良かったんだ。すまなかった」
早紀は、緩く首を横に振った。
衛さん。
大好きな、衛さん。
だけど今、何だか遠い所に立ってるような気がする。
このまま、遠くに行っちゃいそうな顔、してる。
不安げな早紀に、衛は妙に明るく声をかけた。
「さあ、お父さんにコーヒーを淹れてあげるんだ。上達した腕前を、披露しよう!」
その提案に、早紀はこわばった頬を、緩めた。
「ここに戻られた時には、早紀くんが淹れたコーヒーを御馳走する約束でしたからね」
「早紀も立派に、一人前にしていただいて。ありがとうございます」
そこへ、ドアベルが鳴った。
秀一が、やって来たのだ。
「マスター、今日は店休日を返上するんじゃ……えっ? 早紀くん?」
カウンター内には早紀がいて、客席側に衛と客がいる。
いつもと逆の立ち位置に、秀一はとまどった。
しかしその困惑は、早紀の明るい声にかき消された。
「秀一さん、紹介するよ。僕の、お父さん!」
早紀の紹介に続いて、衛の隣に掛けていた男性が頭を下げた。
「いつも、早紀がお世話になっております」
「あ、いいえ。こちらこそ!」
慌てて頭をぴょこんと下げた後、秀一は早紀を見た。
彼は、淹れたてのコーヒーをトレイに乗せて、父に運んでいた。
「お父さん、僕のコーヒー試してみて」
「ありがとう、早紀」
一口飲んで、紀明は目頭を押さえた。
涙が湧いてきて、仕方がないのだ。
「こうして、本当に早紀の淹れたコーヒーが、飲める日が来るなんて……」
衛は、そんな紀明を見守っていたが、やがて二つ目の言葉を投げた。
「梅ヶ谷さん。落ち着かれましたら、少しあちらで話を。今後のことについて、です」
「そ、そうですね。申し訳ない」
紀明は早紀と共に静かにコーヒーを飲み干し、衛の案内する休憩室へと場所を移した。
「早紀と宮木くんは、悪いけど席を外しておいてくれ」
「解りました」
「僕は、聞いちゃダメなの?」
早紀は不満げだったが、秀一になだめられてカウンター席に着いた。
「きっと、大人の話があるんだよ」
「秀一さんや僕だって、大人なのに!」
「まあまあ。それより、バレンタインデーのプレゼントがあるんだけど」
「あ! 僕も秀一さんに、チョコ作ったよ!」
衛の真の狙いは、ここにあった。
二人きりにすれば、秀一が早紀に告白しやすい、と考えてのことだ。
そして、その狙い通りに話は展開した。
まずは早紀が、秀一にチョコを手渡した。
「頑張って、作ったよ。ちゃんと、ハート型にしたからね」
「うわぁ、マジ? ありがとう!」
秀一が包みを開くと、大きなハートのチョコレートが。
少し歪んだ形が手作りっぽく、デコレーションペンで描いた大小のハートマークも可愛らしい。
「味は、マイルドビターにしたよ」
「食べるのが、もったいないなぁ」
今朝の衛はすぐにチョコを口にしたが、秀一はそうしなかった。
大切に、もう一度包みなおしてバッグに収めた。
「じゃあ、今度は俺の方から」
秀一が取り出したのは、チョコレートと、もう一つの箱だった。
チョコは高級ブランドのパッケージで、早紀は目を円くした。
「嘘……こんなに高価なチョコ!?」
「早紀くんには、それでも安いくらいだよ」
早紀は、その言葉に苦笑いした。
「嫌だなぁ。僕、もうそんなお金持ちじゃないし」
お父さんは帰って来てくれたけど、多分これからは以前のような贅沢はできない。
一杯10,000円のコーヒーを飲んでいた時とは、訳が違うのだ。
『早紀くんには、それでも安いくらいだよ』
高価なチョコレートに、そんな言葉を添えた、秀一。
早紀はそれを、自分が裕福な家庭で育ったからだ、と受け取った。
しかし、秀一が伝えたい意味は、違っていたのだ。
「そうじゃないんだ。早紀くんなら、一粒10,000円のチョコだって、ふさわしいと思う」
「えっ? な、何で?」
「俺の気持ち、受け取って欲しいんだ」
秀一は、もう一つの箱を早紀に渡した。
「な、何だろう?」
(今日の秀一さん、いつもと違うな)
ぐいぐい前に、押してくる感じがする。
早紀がジュエリーボックスを開くと、中にはイヤーカフが輝いていた。
角のない滑らかな曲線を持つ、優美なデザインだ。
「これ、シルバーじゃないよね……まさか、ホワイトゴールド?」
「さすが早紀くん。すぐに解っちゃったか」
「えっと……あ、れぇ……?」
そして早紀は、秀一を二度見した。
彼の耳には、プレゼントとペアのイヤーカフが光っているのだ。
「秀一さん!?」
「俺、早紀くんが好きだ」
早紀の心臓は、とくとくと速く打ち始めた。
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