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第39話 それぞれの愛ゆえに
「俺、早紀くんが好きだ」
「秀一さん……でも、僕には……」
「解ってる。弓月さんって恋人が、早紀くんにはいるよね」
でも、と秀一は微笑んだ。
腹の据わった、落ちついた笑顔だった。
「でも、好きだ、って気持ちを伝えないでいる方が、俺には辛いんだ」
「そ、そんな」
早紀は、うろたえた。
どうしよう。
(今ここで、僕が秀一さんを拒んだら)
そうしたら、彼は深く傷つくだろう。
なにせ、クリスマスに失恋したばかりなのだから。
早紀が一生懸命に言葉を選んでいると、秀一が謝ってきた。
「ごめん、困らせちゃって。でも、付き合って欲しい、って言ってるわけじゃないから」
「えっ?」
「一方的な押し付けで、ホントにごめん。俺はただ、早紀くんが好きなんだ。それを、きちんと伝えたかった」
「ぼ、僕も、秀一さんが好きだよ。でもそれは、お兄さんみたいだな、って思ってて、それで……」
「ありがとう。それが聞けただけでも、良かった」
「秀一さん……ごめんね」
早紀は、ジュエリーボックスを閉じて、イヤーカフの輝きを消した。
「やっぱり、受け取ってもらえないかな?」
「うん。ごめん。ホントに、ごめん」
「いいんだ。俺、勇気を出して良かったよ」
秀一は、早紀からイヤーカフのボックスを受け取った。
「弓月さんには到底かなわない、って解ってても。俺は早紀くんを好きになって、告った。これでいいんだ」
早紀が、何と声を掛ければいいか解らないでいると、秀一の方から話しかけてきた。
「2月末で、俺はメビウス辞めちゃうけど。それまで、意識しないでね。早紀くんらしく、しててね。今まで通り仲良くしてくれたら、嬉しいよ」
そう一息で言い終える秀一は、まるでセリフを予め用意していたかのようだった。
早紀に断られる結果が、見えていたかのようだった。
「臨時休業なら、俺は帰るね。お父さんとまた会えて、良かったね!」
「ありがとう、秀一さん……ありがとう……」
メビウスから出ていく秀一の後姿が、早紀の涙に濡れた目には滲んで見えた。
秀一が去った後、ほどなくして衛と紀明が休憩室から出てきた。
「お父さん、衛さん」
ああ、衛さん。
どうしよう、僕。
どうしよう。
秀一の告白は、早紀の心をひどく乱していた。
「早紀、心配かけたな。でも、もう大丈夫だぞ」
不安げな早紀をよそに、紀明は良い笑顔だ。
彼は、衛と話し合って決めたことを、全て息子に打ち明けた。
まず衛からの借金は、無担保無利息で、計画的に返済していけること。
しかも、ユヅキホールディングスの会社の一つに、紀明のためのポストが用意してあること。
そして。
「家もだよ! あの家も、弓月さんが買い取ってくれたんだ!」
また、あの家で暮らせるんだよ。
家族一緒に!
父の言葉に、早紀の瞳から涙が一筋流れた。
それは、待ちに待った瞬間だったはず。
だが、その涙がやけに塩辛いのはなぜだろう。
「早紀。今日から、お父さんと一緒に暮らすんだ」
「衛さん」
「マンションへ、荷物を取りに行こう」
そして衛は、覚悟していた三つ目の言葉を投げた。
「実は私も、弓月の実家に帰ることにしたんだ」
「えっ!?」
「メビウスも、2月いっぱいで閉店するつもりだ」
「嘘!」
そんな。
やめて、みんな。
みんな、僕を置いて、どんどん先に行かないでよ!
早紀の心が、悲鳴を上げた。
「衛さん、僕は……僕はどうなるの!?」
「また、学校に通うんだ。何もかも、元通りにするんだよ」
メビウスの輪を一回りして、元の場所に戻った。
そう、考えればいい。
衛は穏やかな声音で、諭すように言い聞かせたが、早紀は取り乱し始めた。
「そんな……そんな!」
もう、元の場所になんか戻れないよ。
だって、僕は。
「僕は、こんなにも、衛さんのことを!」
我が子の異常を、紀明は察した。
「早紀。弓月さんと離れることが辛いなら、カフェの閉店まで一緒にいても構わないよ」
それでいいですか? と、紀明は目で衛に訴えた。
「早紀くんがそうしたいなら、私も同意します」
「ありがとうございます、弓月さん」
さあ、と紀明は早紀の両肩に手を置いて、軽く揺すった。
「父さんは、先にあの家に戻るから。なぁに、気が向いたら、いつでも帰っておいで」
「うん。ありがとう、お父さん……」
しかし正直、早紀の反応は意外だった紀明だ。
喜んで、共に懐かしいあの家に帰ると思っていたのに。
(この数ヶ月で、早紀は大きく成長したんだな)
そしておそらく、この弓月さんを愛してしまったのだ。
だが、それは実らぬ恋になるだろう。
(あまりに、身分が違いすぎるよ。早紀)
父として応援してあげたい気持ちはあるが、弓月家の御子息が相手となると、難しい。
残りの二週間を、せめてもの思い出にしてあげたい。
そう願うことが、精いっぱいだった。
「弓月さん、厚かましいですが、早紀をよろしくお願いします」
「お父さんも。いつでもここに、コーヒーを飲みにいらしてください」
早紀くんが、腕を振るいますよ。
そう言って笑う、衛だ。
(衛さんの、バカ)
僕がこんなに苦しいのに、何が可笑しいのさ!
マンションに帰る車内で、早紀は無言だった。
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