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第40話 一番好きな人

「衛さんの、バカ!」  何から言おうかと考え抜いて出した、早紀の第一声。  それが『バカ』だった。  お父さんが、帰ってきて。  秀一さんから、告白されて。  二月いっぱいで、メビウスが閉店で。  衛さんは、実家に戻るって。  頭はパンパンに充血していたが、まずは『バカ』だった。 「一人で勝手に、何でも決めて!」 「ごめん。でも、これは早紀に相談できることじゃなかったんだ」 「衛さん、実家に帰ってどうするの?」 「弓月の会社に就職して、そして」  そして。 「……親の決めた誰かと、結婚する」 「イヤだ……ッ!」  ああ。  聞きたくなかった、そんな言葉。  まさかと考えていた、衛の未来。  それを本人の口から聞いて、早紀は絶望した。 「衛さん、愛してる、って。僕のこと、愛して、る、って、言っ……」 「すまない、早紀」  衛は、早紀をそっと抱いた。  その胸で、早紀は泣いた。  いくらでも湧いてくる、涙。 「嘘だったの? あれは、全部、嘘……」 「嘘じゃない」  衛は早紀の頬の涙を、指腹でぬぐった。 「私は生涯、早紀を愛し続けるよ」 「じゃあ、なぜ」 「一番好きな人とは、結ばれないようにできているんだな。世の中は」  この短い恋も、散る。  だがその想いは、たとえ他の誰かと一緒になっても続くと、衛は考えていた。 「早紀には、宮木くんがいる。そうじゃないのか?」 「秀一さん?」  そうだった。  告白されたから、衛さんに相談しようと思ってたんだ、僕は。 「秀一さんも好きだけど、一番好きなのは衛さんなんだよ?」 「ほら、やっぱり。一番好きな人とは、結ばれないんだ」 「ひどい。そんなの、ひどいよ!」  それに、と早紀は潤んだ目で衛を真っ直ぐに見た。 「秀一さんの気持ちは嬉しかったけど、すぐに断ったもん。衛さんがいるからって、断ったもん!」 「その場で、Noと返事したのか?」 「うん」  衛は、心の中で頭を抱えた。 (宮木くん、気の毒に。速攻で、また失恋したのか……)  早紀は、泣いた。  泣き疲れて、眠ってしまうまで、泣いた。  こんなに泣いたのは、父と別れて以来だった。 「ダメもとで、告白したけど。まさか、速攻その場で振られるとはなぁ」  秀一は、行き場を失ったチョコとイヤーカフをバッグに入れたまま、歩いていた。  足は自然と、大学へ。  サークル棟へと向かっていた。 「桂がいたら、気まずいけど。今、独りでいると何かヤバい感じ」  仲間と賑やかに過ごして、ショックを和らげようと考えたのだ。  悲しかったが、傷つきはしなかった。  早紀の恋人は、衛なのだ。  この結末は、想定していた。  だから秀一は、絶望もしなかった。  だが、一つ気付いた。  気付いてしまった。 「今、隣にいて欲しいのは、桂なんだよな……」  失って初めて、秀一は彼の代えがたい温もりの大切さを知った。  桂は、第二性がオメガだというだけで、心無いいじめに遭っていた。  だからこそ、他者の痛みが解る、優しい人間だったのだ。 「やっぱ、サークルに顔出すの、やめよう」  秀一は、足を止めた。  今の感情のまま桂の顔を見ると、涙が出そうな気がしたのだ。    くるりと180度方向転換した秀一は、声にならない声を上げた。  桂が、こちらに歩いて来るのだ。 「な、えぇ? あ、ヤバっ……」 「待ってよ、宮木くん」 「み、宮木くん、って」  名ではなく、姓で呼ぶ、桂だ。  秀一は、辛かった。  しかし桂は彼に追いつくと、赤いリボンのかかった白い箱を差し出した。 「これ、バレンタインのチョコ。宮木くん。改めて、僕と付き合ってください」 「桂……」 「冷たくして、ごめんね。ホントは、ずっと好きだったんだ。ホントだよ?」 「俺、さっき早紀くんに告白したばっかりなんだぞ?」  それを聞いて、桂は固まった。  見る間に、瞳に涙が浮かんでくる。  それをなだめるように、秀一は慌てて続けた。 「その場で、お断りされたけどな! だってさ、早紀くんには俺なんかより、ずっとイケてる恋人がいるんだもんなぁ!」 「秀一、可哀想……」 「うん、それでいい。宮木くん、なんて呼ばないでくれよ」  あっ、と桂は口に手を当てた。  つい口癖で、付き合っている時の呼び方に戻っていたのだ。 「もう一度、俺を名前で呼んでくれる?」 「……秀一」 「好きだよ、桂。俺、自分の本当の気持ちに気が付いたんだ」  秀一と桂は手を繋ぎ、サークル棟とは逆方向へと歩き始めた。  二人だけの、甘い時間を過ごすために。

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