45 / 46
第45話 許しもしないし反対もしない
「早紀との結婚を、お許しください」
衛は、父に思いをぶつけていた。
「私はもう、彼がいなくては生きられません。早紀は、メビウスより大切な存在なのです」
本来なら早紀のアイデア通り、まずは彼を使用人として弓月家へ入れるはずだった。
その後、様子をうかがいながら、父に結婚の許しを願うつもりだったのだ。
しかし、久しぶりに会った父は、かつてないほど物分かりのいい人間に見えていた。
つい、衛は気が急いてしまったのだ。
沈黙を破って、父が口を開きかけたその時、厳しい声が上がった。
「マスター。それって、早紀くんの同意を得てませんよね!?」
「しゅ、秀一さん!?」
「宮木くん?」
今まで周囲の様子を見守っていた秀一が、腕組みをして衛を睨んでいた。
「フライングして、何を言い出すんですか。早紀くん、困ってるじゃないですか」
「あっ……」
秀一に指摘され、衛は口元に手をやった。
「勝手に自分の思いだけで動くと、どうなるか。俺の失敗を見てれば、解るはずでしょう?」
確かに早紀とは強く愛し合ってはいるが、プロポーズはまだなのだ。
(こんなに大切なことを、つい勢いで! 失敗してしまった……ッ!)
珍しく、猛省する衛だ。
早紀は、そんな彼のフォローに入った。
「で、でも。僕、嬉しかったよ? 衛さん、僕との将来まで考えてくれてたんだなぁ、って」
「早紀くんは優しいから、結果オーライなんだよ。それこそ、マスターのお父さんに反対されたら、どうすんの?」
お互い、どんなに好き合っていても、言葉にしないと伝わらないことがある。
秀一は、桂との経験を糧に、成長していた。
「しかも、言葉にしても伝わらない時だって、あるんですからね?」
「確かに、宮木くんの言う通りだよ。早紀、驚かせてすまない」
衛は、素直に早紀へ頭を下げた。
今度は、衛の父が成り行きを見守る立場になっていた。
しかしながら、自分が指摘したかったことは、目の前の青年が全て言ってくれたのだ。
「若いのに、感心だな。君、年齢はいくつだ?」
「えっ? あ、はい。21歳の大学3年生です」
「就職先は、もう決まったのかね? ユヅキの会社を、紹介してやってもいいが?」
「ありがとうございます。でも、もう内定もらってるので」
「それは惜しかったな。何という企業だね」
「それが、トドロキ商事なんです」
早紀は、驚いた。
その馴染み深い社名は、彼の父・紀明が長年勤めていた企業なのだ。
「すごい偶然!」
衛の父も、しきりにうなずいている。
「これが、縁というものだろうな」
トドロキ商事の株は、ユヅキホールディングスも所有しているし、もっと言えば共同開発もしているパートナー企業だ。
衛の父は、カフェ・メビウスの事業展開は幸先が良く明るい、と見た。
では、と衛は早紀の元へと歩んだ。
「早紀、聞いての通りだよ。私と、結婚して欲しい」
「衛さん……」
はい、と早紀が応えようとした矢先に、大声が響いた。
「ダメだ! 衛、お前はいきなり何てことを言うんだ!」
「お父様!」
「弓月家の人間として、恥ずかしくないのか!?」
衛は、唇を痛いほど噛んだ。
(やはり、お父様は相変わらず横暴だ!)
「お父様! 私と早紀は、互いに愛し合って……」
「プロポーズするのに、ダイヤモンドの指輪を用意しないやつがあるか!」
「えっ? お父様?」
「大安吉日を選んで、風水で吉方を調べて。ハイクラスのディナーに、バラの花束も必要だ!」
衛の瞳は、みるみるうちに輝いた。
「では……私たちの結婚を、許してくださるのですか?」
「許しもしないし、反対もせん。大体、お前と会うのは久々で、早紀くんのことはまだ何も知らんからな」
衛の父は、照れくさそうに視線を逸らした。
それでも、早紀を見る彼のまなざしは柔らかかった。
「じゃあ、僕。お許しが出るように、頑張って衛さんにふさわしい人間になるよ」
「早紀くん。君はすでに、私にはもったいないくらいの人なんだよ?」
急に二人の世界を織りなす早紀と衛に、秀一はやれやれと腕組みを解いた。
「まったく、甘々なんだから」
そんな彼に、衛の父も呆れたような口調だ。
「宮木くん。あの二人は、いつもあんな感じなのかね?」
「そうですねぇ。最初は隠してましたが、最近では駄々洩れですね」
「では、なおのことケジメは付けないとな」
ちゃんとしたプロポーズと、両家への挨拶。
弓月家の祝賀としての、婚約発表や記者会見。
「私も、忙しくなりそうだ!」
「ちょ、待ってください? 記者会見までするんですか?」
「するだろう、普通」
「普通は、しませんよ!」
二月吉日、メビウスには明るい早春の光がさしていた。
ともだちにシェアしよう!

