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炭焼き小屋

「お姫様を悪漢から守った私には最適なお屋敷だ、聞いているのか? おあつらえ向きの。結婚予告すらしていない貴女と床入りするとは思わなかったが」     すっかり日は落ちて雨の中ではこれ以上馬を進めることは出来なかった。    雨でけぶる街道――巡礼路から少し入った斜面に残っている炭焼き小屋の残骸を見つけ、どうにか一夜を過ごせる見通しが立つ。    アルナウトは半ば朽ちた薪置き場に、馬を繋ぐと小屋に立ち入った。  内部は雨漏りのため床が粘土のようになり、錆びた拍車と共にブーツのかかとが沈みこんだ。冷たい水分で足の指が凍りそうだ。    がしゃり、とベルトから外した剣が湿った土の床に埋まる小石にぶつかった。     「何をしている、早く馬から降りてこちらへ来い」    アルナウトの藁のような色合いの髪が濡れて暗く見える、短く刈られた襟足からも雫が滴り落ちている。      女は泥で汚れぬよう裾を持ち上げて小屋に入る。一瞬だけくすんだ色の裾から闇の中でも白く光るようなふくらはぎが覗き、アルナウトは目を背けた。      屋根は半分近く失われ、土砂降りの雨で目の前が白く霞んでいる。   「お前、火を熾せるか?」      ぶるぶると寒さで唇の震えたアルナウトの問いに、女の黄色っぽい目が驚いた表情を見せた。   「……騎士でなくなったらどうやって生きていくつもりだったんだ?」   「誰に向かって口を利いている。うす汚い商売女めが」      女はあからさまな嘲笑を浮かべてアルナウトを見遣った。   「火なら熾せる。暖を取る気ならせめてこの小屋にある濡れてない木の枝でも拾え」    少し掠れた声で女はアルナウトに指示を出すと、元々この小屋の使用者が煮炊きに使ったらしい跡に、乾いた小石を円く積み始めた。    集めさせた乾いた木片や樹皮を即席の炉に入れると、女は腰に付けていた巾着から火打ち石と苔を取り出し、火花が散るよう擦り合わせる。    その時の、女の手つきに違和感を感じるのだが、アルナウトには上手くそれが言い表せない。    なぜ牢に入れられていた女がそのようなものを持っているのか? アルナウトはそのとき疑問に思うべきだったのだが。      カチカチリと音を立てて、ほぼ真っ暗な炭焼き小屋に火花が微かに散る。乾いた苔に息を吹きかけながら女は石を擦り合わせ続けた。  妙に紅く艶のある形の良い唇が、森の中の未知の生き物のように蠢く様にアルナウトは目が離せなかった。  やがて細く白い煙が立ち上り、何かが燻る匂いが鼻を揺すった。      先程の紅く妖しい唇は細く、短く息を吐き続け、苔に橙色の灯りが点るとアルナウトの集めた小枝に移し息を吐き続ける。  ついに燃え移ったのかぱちぱちと焼ける音がし始めた。    小屋の内部は見える範囲でも炭がこびりつき、黒く変色していた。雨漏りの酷い屋根のせいでここで窒息することはなさそうだが、小屋に火が燃え移ればひとたまりもなさそうだ。      泥でぬめる床を避ける為に、仕方なく炭焼き人が寝床に使っていたと思しき、腐ったシダの上に二人は並んで腰掛けた。   「最悪だ、追われる身になった上に娼婦と炭焼き小屋で一夜を過ごすとは」   「ベルトランに連行されて、知りもしない罪で拷問されたければ、そうすれば良かったさ」     「お前あの僧とどんな関係だ?」  女は答えず座ったままでアルナウトを見上げた。 「……騎士様、寒くはないか?」   「何が言いたい」      女の真っ白な細い指が、アルナウトの腿に触れた。  びっくりして距離を取ろうとしたが小屋の中にそのような場所はなく、足の付け根には空っぽの体温だけを感じる。      女はアルナウトのブーツを肌着に止めている紐を解き始めた。  そうだ、あの火打ち石を使っていた時の違和感がわかった。この女は左利きなのだ。   「お、おい何を」   「ブーツを一人では脱げないと思ったからこうしているだけだ。足先がふやけて冷えるだけだろう」   「っ、余計な世話を焼くな」      しかし、されるがままに足を引っ張られると、ブーツは泥を跳ねながら小屋の隅へ転がって行った。その拍子にアルナウトは腐敗したシダの上へ仰向けに転がる。     「全く予想していなかったわけでもないだろう? こうなることを」    彼の胸の上に女は手を置いてアルナウトに跨った。     「止めろ、私は――」    その瞬間口内にぬるりと女の舌が入り込んできた。  はじめはわけも分からず、なすがままにそれを受け入れていたアルナウトは忙しなく鼻で息をしながら、次第に自らも舌を絡ませ互いの唾液を飲み込んだ。  様子を見つつ、仕上げとばかりに女はアルナウトの歯列を裏から舌でなぞり、上顎を舐めた。    口を離した時には唇の端から唾液が滴り、女はわざとらしく舌なめずりして見せた。     「おぞましい淫婦め、私ではなく反キリストに乗るがいい」    しかし構わず女はアルナウトの脚の間に触れてくると、その昂りを手で包み下着越しに触れる。   「……んっ、は」    アルナウトの息があがる。    再び二人は口付けを始めるが、アルナウトは拒否せずに舌を啜って絡めた。甘い疼きが腰に溜まり自らもそこを女の手に押し付けていることを自覚した。    たどたどしい手つきで女の尻を撫で、彼女の脚の間に腿を滑り込ませる――      その瞬間、アルナウトの中で積み重なった疑念が全てぴたりと嵌る。相手を突き飛ばそうとして、逆に背中を炭で黒く変色した小屋の壁にしたたかに打った。勢いで穴の空いた屋根が揺れ、どうやら溜まっていた水が一気に小屋の床へ落ちた。     「! 信じられない、お前……男だったのか!」   「むしろなぜ今まで疑いもしなかったのだ?」    彼から離れようとアルナウトは仰け反るが、それ以上は距離を取ることができない。     「触り方でわかるぞ、どうやら騎士様は経験が無さそうだ。今まで娼館に行く機会も領地の娘に手を出す機会もいくらでもあったろうに」   「黙れ、この悪魔め!」   「そうかもしれんな、年寄り連中の言う通りこの俺は、預言者ヨハネ(ジョアン)はまさに造物主に与する悪魔の一柱。騎士様がどこのご令嬢のために清い体を保っているかは知らんが――俺で知るのも良いだろう」      アルナウトはあまりのことに怖気が立った。それもこの男からの誘惑に、欲望に逆らえない自分に。      ジョアンの手がアルナウトの下着の中に入ると、半分以上勃ちあがったアルナウト自身を取り出した。    ジョアンの黄色の目に醜いそれが反射した。

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