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第4話

第4話 呼び出し  アレスからの呼び出しを受けたのは、数日後の閉講日だった。グレンヴィルの別邸を訪れると、ヨシュアは二階の執務室に案内された。 「アレス殿。貴方の指導生の話を受けた後、教授達からの雑用がことごとく無くなりました。もしや彼らに何かしたのですか?」  ヨシュアは、開口一番気になっていたことを尋ねた。  ヨシュアの問いに、アレスは書類から目を離した。目の下に薄い隈がある。  艶のある胡桃製の大きな机は大量の紙の束が積まれていて、どう見ても学業とは関係がなさそうだった。 「何もしていない。グレンヴィル家の評判が悪いからだと思うが。それより、『殿』は余計だ。いざという時に言い間違ええたらどうする」 そのままの姿勢でヨシュアが口を開くのを待っているので、仕方なくヨシュアは言い直した。 「⋯⋯アレス」 「ん」 よし、というようにアレスが頷いた。 「評判が悪いとは、教師が関係者を避けるほどなのですか。私は他国の侵略を食い止めている領にそのように感じたことはないので、腑に落ちないのです」  アレスは少し考えてから言った。 「無理を通すグレンヴィルが、貴族院の権威を貶めているからだろう。気にするな。雑用など、無いほうがいい」  足を下ろして立ち上がり首を回した後、ヨシュアの横を通り過ぎた。すれ違うとき、銀灰色の無精髭がうっすらと生えているのが見えた。 「悪い⋯⋯。すぐ戻る」  アレスと入れ違いに、髪を後ろで無造作に束ねた青年がドアを開けて入ってきた。訓練場でも見かけた、従者らしき青年だ。  両手で抱えた重そうな紙束を、執務机に積まれた書類を無理矢理詰めて、どさりと置いた。 (あ⋯⋯)  少しアレスを気の毒に思ったヨシュアに、青年が目を細めてにこりと笑いかけた。 「ヨシュア殿でしたっけ。アレス様の指導生を引き受けられた」 「はい。あなたは?」 「アレス様の従者のカインと言います。ヨシュア殿、アレス様をかわいそうなんて思わなくていいですよ。あの方自分が好きでやってるんで」  ヨシュアは内心驚いた。ふと思っただけのことに気づくほど、鋭い。 「少し、お忙しそうで気の毒に思っただけです」  カインは細い目をさらに細くして笑う。 「お優しいことです。ですがそのように受け止められる方なら、気をつけた方がいいですよ」  カインはヨシュアに席を勧め、自分はもう片側の席の横で立ったまま話し出した。従者というには振る舞いが自由過ぎて、信用ができない。 「お知りになりたいことを、私が説明しましょう。うちが警戒されているのは、家督争いが少々激しすぎるからなんです。グレンヴィル家は身分を問わず、アルファの養子を五人入れています。アレス様も含めて」  ヨシュアはぎょっとした。  事情など知りたくないが、それ以上に疑問が湧いた。 「身分を問わない?そんなこと、大領地でもありえない。王家が許さないでしょう」  領主一族は、王家から領地の統治権を与えられている。勝手にそんなことをしたら、一族ごとすげ替えられてもおかしくない。 「黙認ですよ。グレンヴィルがくたば⋯⋯倒れられては困りますから。人死も出ておりまして、全員が領主候補であると同時に戦力なんです」  さらさらと淀みなく喋るカインは、定例報告するような軽さで、他領のヨシュアに事実を述べてゆく。  黙認といっても今だけのはずだ。その後は。 ヨシュアは恐ろしい未来がよぎり、冷や汗が流れた。 「アレス様は領主にならなければ、家督を継げない。なれたとしても、待っているのは茨の道。ヨシュア殿、アレス様で本当によいのですか?」  どうするんだ?とにやにや笑うカインに、試されている、とヨシュアは感じた。 「貴方は、私が話を受けることに反対なのですか」 「まさか!アレス様にはぜひ勝ってもらわないと。私の生活がかかっております」 「⋯⋯でしたら、私も同じです。彼の助力を必要としていますから。今更問われるまでもありません」  答えは変わらない。  だが、アレスの立場は想像以上に非常に危うい。  領主になるまでは命がけの生存競争、領主になれたとしても、戦いが終われば改易処分にされかねない。愕然とした。 「カイン。何をしている」  アレスの地を這う声が聞こえ、ヨシュアははっとした。扉口に立つアレスは無精髭が綺麗に剃られていた。男前だ。だが。  ⋯⋯わ、わざわざ髭を剃りにいったのか?  ヨシュアの混乱を他所にアレスは従者を底冷えする目で睨みつけた。 「お前、余計なことを吹き込んだら、わかってるだろうな」  骨を鳴らして冷気を発するアレスに、細目の青年は全く動じなかった。 「何を心配してるんだか、うちの若は。俺はヨシュア殿の疑問に答えただけですよ」 「そ、そうです。お聞きしてよかったのかどうかは疑問ですが」  青年の身の危険を感じて加勢したヨシュアを、アレスはじろりと見た。  聞いてしまった内容が重すぎて、ヨシュアは目をそらした。 「アレス様。指導生になってくれたヨシュア殿には、知っておいてもらわないと。ヨシュア殿。泥舟に乗ったもの同士、お互い頑張りましょうね」  にっこりと笑って、カインは、二人を後にして、部屋を出ていった。  アレスと二人きりになると、急に静かになり、部屋の空気が重くなる。アレスはヨシュアと反対側の席に座り、苦々しい表情で口を開いた。 「カインが貴方に言ったことは想像がつく」 「その、家督争いが苛烈であるとお伺いしました」 「気にするな。俺が選んだことだ」 「⋯⋯アレスは何故、養子になったのですか」  たとえ貴族でなくても、アレスなら身を立てる方法はいくらでもあるように思えた。 「それは貴方にお聞きしたいくらいだ」 「え⋯⋯」 「つまり、そういうことだ。貴方に事情があるように、俺にも事情がある」  答えたくないらしい。  これ以上は聞けない。  自分もオメガであることを隠して、ここにいる。  ヨシュアは気を取り直して、呼び出した理由についてアレスに尋ねた。 「来週、宰相家が主宰する晩餐会に出るだろう?そのことだ。俺も招待されているから、連れていけ」 「⋯⋯どういうことですか?」 「若手が集まる交流の場だろう。あいつらと話をするきっかけが欲しい」  晩餐会は学寮長のヴィンセントからの招待だ。上位貴族の若者が中心の晩餐会になんで僕がと思いつつ、断るわけにもいかなくて気が重かった集まりだ。 「例の釣りですか?」 「ああ。衣装はこちらで手配する。当日は早めにこちらに来てくれ」 「わかりました」 「⋯⋯悪いな」  珍しい言葉を聞いた。  机の上に増えた書類を死んだ目で見ているアレスに、ヨシュアは優しく微笑んだ。 「やれるだけのことはやりましょう。あの従者の方の生活も掛かっていることですし」 「それはどうでもいい。本気で」  アレスの顔が緩むのを見て、ヨシュアは少し安心して肩の力を抜いた。

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