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第5話
第5話 晩餐会1
日が落ちる前、ヨシュアはアレスのいる別邸を訪れた。
ホールに入ると黒の軍令服風の正装をまとったアレスが歩いてくるのが、目に飛び込んできた。
あまりに貴公子然としているので、ヨシュアはあっけに取られた。
撫でつけられた銀灰色の短髪に精悍な顔立ち、服の上からでもわかる引き締まった体は、上流貴族の美を極めたアルファそのものだった。
公爵家と血縁でない養子なら、没落した貴族か亡命してきた訳ありなのかもと考えながら眺めていると、こちらに気づいたアレスが数秒固まり、低く声を絞り出した。
「目立ちすぎだ。見合いにでもいくつもりか」
「⋯⋯え?」
ヨシュアは慌てて自分の装いを改めて確認した。アレスに比べると男らしさが足りていないのが癪だが、濃紺のベルベットに白いフリルのついたシルクのシャツは、体にぴったりとあっている。
「⋯⋯極めて場にあった正装ですよね。アレスが見立てたのでは?」
「なわけあるか。俺は適当に用意しろと言っただけだ。カイン、どうしてこうなった」
安定の口の悪さに安心したが、かなりまずい状況なのか、あのアレスが焦っている。ヨシュアも大貴族主催の晩餐会に詳しいわけではない。しかしきらびやかなアルファが多い中で自分が目立つはずもなく、アレスには悪いが辺境基準で考えていると思われた。
「狙い通りじゃないですか。素材のせいなんで、諦めたらどうですか」
そばに控えるカインが肩をすくめる。
「そういうことは狙っていない」
「だからといってヨシュア様の格を落とす身なりはまずいですよね?」
「それは、そうだが」
「だったら腹をくくったらどうです。俺としては、どれだけ釣れるか見ものです」
カインは楽しそうににやけているが、アレスは本気でなんとかしようと悩んでいる。指摘しないのもまずいと思い、ヨシュアは控えめに口を挟んだ。
「あの、お二人とも帝都ではこれくらいでは目立ちませんよ。⋯⋯普通です」
二人が揃って口を閉じ、ヨシュアのほうを向いた。
「アレス様。今カスティールの方に辺境の田舎者扱いされましたかね」
「⋯⋯そういうことになるか?」
「いえ!けしてそのような⋯⋯」
冷や汗を流すヨシュアに、カインが目を細くして微笑んだ。
「帝都にお詳しいヨシュア様の仰るとおり、アレス様は何も知らない田舎貴族です。時々血迷ったことをいいますが、お気になさらず」
「誤解です、そんなこと思っていません」
「たしかに俺は帝都の常識は知らない。貴方のいうとおり、俺は目立たぬ凡庸な衣装を用意したのだろうな」
「違います⋯⋯!」
えぐってくるカインにあわせてアレスにまで攻撃され、ヨシュアはおろおろした。
半分本当のことなので、否定しきれない。
「アレス様、御冗談はそれくらいで、そろそろ出る準備をされたほうが良いかと」
(ギル様!)
ヨシュアの中でギルへの信頼は揺るぎないものになった。
「ああ。その前に」
アレスが胸元の内ポケットに手を差し入れた。
「ヨシュア、貴方にこれを」
取り出したのは、小ぶりのドロップ ピアスだった。淡い青みを帯びた石が、銀の鎖で繋がれている。
「何ですか、これは」
アレスは右手を差し出し、中指にはめた指輪の石を見せた。
「この指輪と対になっている。アルファ除けにつけておけ」
対の宝石は、特別な関係の証だ。
時々見かける恋人同士が同じ宝石を身につけている姿を思い出し、ヨシュアは恥ずかしくなり動悸が早くなった。
「⋯⋯貴族院では、恋人同士がよくつけるものなのですが⋯⋯」
「そうか?」
アレスは素知らぬふうに眉を上げた。
「特別と言うなら、恋人でなくても俺達も特別だろう。煩わしい奴を払うにはもってこいだが、いらなかったか」
気負いもなく問われて、言葉に詰まった。
深読みした自分が恥ずかしくて、さらに頬が火照った。本当に、避ける為だけらしい。
「⋯⋯たしかに、そういった方々は避けたいです」
ヨシュアは差し出された手からピアスを取り、アレスが見守る中、その場でそそくさと耳に着けた。
淡い金髪の合間から見え隠れする淡い青の宝石が、ヨシュアの柔らかな印象を色香がにじむものに変える。
「⋯⋯よく似合っている」
しみじみと言われて、ヨシュアは赤面した。
褒めない男に褒められると結構くる。
クルリと馬車のほうに向きを変えて、ぎこちなく歩き出した。
「アレス、行きましょう!」
アレスは静かに笑い、ヨシュアを馬車に乗せ、自分も乗り込みギルを同乗させた。
二人きりにならないよう、気をつかっているのかもしれないなと、ヨシュアは思った。
ヴィンセント・クレセント家は、貴族院から目と鼻の先の距離にあった。門を通り抜けると、街中とは思えない長い林道が続く。歴代宰相家を務める家は、財力も桁違いのようだった。
「アレス。私はこのような晩餐会は初めてです。ヴィンセント様からお声がかかったのも、貴方が私に近づいたのを見て、関心を持たれただけだと思います」
「そうか。俺もこの国の晩餐会は初めてだ」
「では、お互い不慣れなのですね」
「ああ、俺も中央貴族を知らない田舎者だ」
「⋯⋯本当に、あの、見下してるなんて思わないでください!」
アレスはからかうような笑みを浮かべた。
「わかってる。面白かったからカインの振りに乗っただけだ。あいつもそうだぞ」
アレスに躊躇することなくずけずけ言う細目の青年を思い浮かべた。
「仲がいいんですね」
「どうだろうな。まあ付き合いは長いな」
だとしたら養子になる前からだろう。リスクを承知で共に戦ってくれる人がいるのだと、ヨシュアは少し羨ましくなった。
「それより今夜のことだ。⋯⋯ギル。わかっているな」
「はい。ヨシュア様、今夜は私があなたの従者として、護衛をいたします」
ギルがヨシュアに軽く頭を下げる。ギルがいてくれるのは安心だが、そうもいかない。
「私の家格では、従者を伴えないと思います」
「問題ありません。公爵家のアレス様の命なら可能ですので」
「それは⋯⋯」
ゴリ押しである。貴族院を一年で卒業させるどこぞの領主と同じだ。養子も同じことをしている。
「俺の安心の為だ。前にも言った通り、アルファを信用するな」
「しかし、他の方に対して心象がよくないかと」
アレスはヨシュアが着けた揺れるピアスに指を伸ばした。ピアスを弄ぶアレスの指の温かさを耳元で感じると、くすぐったくて鼓動が早くなってくる。気持ちを落ち着けなければならないのが気まずくて、車窓から見える林に目を反らした。
アレスはそれを見て深いため息をつく。
「ギル。お前はどう思う」
「⋯⋯私もヨシュア様は、お気をつけになられたほうがよいかと思います」
「ええ!?」
「決まりだな。ギルをつける。従え」
主人に同意するギルに衝撃を受けた。所詮彼はアレスの従者で、自分の味方ではない。ヨシュアは小さく口を尖らせた。
「確かにこのような方、目立つかもしれませんね」
「ああ」
幸いギルの追い打ちは小声だった為、ヨシュアの耳には届かなかった。
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