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第12話
第12話 物流改革
「上手くいったか」
執務室で待ちわびていたアレスが席を立つと、カインが懐から小瓶をアレスに投げてよこした。アレスはそれを右手で受け、白い錠剤を見てようやく息をはく。
「帰ってきたばかりで、なんでまた入れ替え作業が発生するんだよ。早すぎだろ」
「ヨシュアの弟が薬の補充をした。お前が戻ってきてくれて助かった」
上着を脱いで、シャツの袖を捲っていたカインが、手を止めた。
「弟が?あのいかれた薬を?⋯⋯言いたいことがいろいろあるんだが」
「言わなくていい。その話は後にしよう」
アレスは黒い皮手袋を嵌め長机に地図を広げ、四隅を文鎮で抑えた。
「先に報告を聞く」
すでに頭を切り替えているアレスにカインはあきれながらも、広げられた地図を見た。
「まずは確認だ。グレンヴィルからカスティールまでの街道は二本のみ。西の川沿いと中央の平野。河沿いは春の雪解けで増水する上、ヴェルディス領との境界だから、揉め事が起きやすい。よって中央の平野ルートが最有力候補になる。実際に現地を見てどうだった?」
カインは地図にある、自分が通ってきたばかりの二つの街道を眺めた。
「どちらも整備が追いついていない。商人は水の補給ができる川沿いルートを使っているようだ」
「やはり問題は水か」
「ああ。元々は何もない荒れ地だ。カスティール男爵が拝領されてから開墾が始まっているが、今滅茶苦茶水が足りてない。物流拠点なんてもってのほかだ」
カインは地図から離れ、部屋の隅にある脇机に置かれた水差しからコップに水をそそぎ、ゴクゴクと飲み干した。
「ここは山から長々と巨大な水路を引いてこれるもんな。噴水はあるし、貴族の館は水が飲み放題。懐の差を感じるね」
アレスは顔をあげてカインに尋ねた。
「ヨシュアが貴族院で書いた論文、読んだか?」
「やめてくれ。俺に一枚以上の文字を読ませようとするな」
アレスはそんな気はしていたので、特に気にせず話を続けた。
「内容は帝都の水路網の応用だ。自然流下の技術を使って、カスティールの水不足をなくす為の具体案を書いている」
「⋯⋯へえ」
「遠くの山から水をひくんじゃない。排水と雨水を一カ所に集め、ろ過して地下に貯める。長い水路がいらないぶん、工期も費用も抑えられる。これなら、実現可能だ」
カインはなんともいえない苦い顔をした。
「えーと。排水?え?なんか汚くない?」
「ろ過すれば飲めるらしいぞ」
アレスは全く顔色が変わらない。
「お前もヨシュア殿も、見かけと違いすぎるな。繊細な俺はついていけねえ⋯⋯で?そのえぐい方法で水不足が解決するのか?」
「改善するのは確かだ。詳しいこと書いた本人に直接聞くしかないだろう」
「⋯⋯あのヨシュア殿がね」
カインはふわふわの金髪頭を思い浮かべる。
「ただのほやほやじゃないんだな。だがヨシュア殿は実地の経験がないぞ」
「ああ。知見のある奴の見立てが知りたい。測量ができる奴や、排水設備の知識を持った奴」
「あてはあるのか」
「ヴィンセント・クラレンスをあたる。商業ギルドには先に話をふっておく。あと学生と教師は⋯⋯ヨシュアに頼むしかないが」
腕を組んで渋い顔をするアレスの肩を、カインは軽く叩いた。
「問題ねえよ。地方貴族で職を探しているような奴に、アルファはいない。ギルもいるしな」
アレスが自分を納得させるように、頷いたのを見たあと、カインは、暗い窓の向こうに目をやった。
「それより、ノルズガルドの動きが活発になっているらしいぞ」
「俺たちには関係ない。領主殿もこの計画を承知している。ことの重要性から、早期帰還はないだろう」
「あの国の王が崩御したらしい。というのがもっぱらの噂だ」
アレスは地図を丸める手をとめた。
「まだ、四十代のはずだぞ」
「そうなのか。まあまだ噂の域を出ない。理由もわからないし」
アレスは地図を筒にしまいながら、難しい顔をした。
「あの国は粛清続きで人がいない。求心力のある王を擁立出来るか疑問だ」
「ゴタゴタがあるなら、こちらとしては助かるよな」
「いや⋯⋯次期王が誰であっても、地盤固めにこちらへ攻勢に出る可能性がある。真実ならなおさら、邪魔がはいらないうちに早期に進めたい。あいつにも無理をさせるが、動いてもらう」
手袋をとり、机に戻ろうとするアレスの背中に、カインがぼそりとつぶやいた。
「俺は少しばかりヨシュア殿に同情するよ」
同情とは無縁のはずのカインの言葉に、アレスは振り返った。
「お前にとってヨシュア殿が特別なのは知ってる。だが薬のことといい、計画への引っぱりといい、隠し立てが多すぎる」
アレスにとっては今更なことだった。これでもできる限り配慮はしている。
「わかってる⋯⋯最終的には合意をとる」
「いずれお前は戻るんだぞ」
「だから、急いでいる」
これ以上の言葉は不要と言うように、アレスは、書簡を書き始めた。
「出るときに、侍従を呼んでくれ」
カインは肩をすくめ、何も言わずにアレスを残して扉を閉めた。
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