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第15話

第15話* ヒート  ヨシュアは一人になると、部屋の隅に移動して膝を抱えて縮こまった。  客室は音が無く、天蓋付きの大きなベッドの枕元の灯りのみが小さく揺らめいていた。  ヨシュアが周りの異変を少しおかしいと感じたのは今日のことだ。恐らくギルが夜に報告して、それを受けたアレスは即座に動いたのだろう。  まだ何も起こっていないのに、僕がオメガとばれると都合が悪いから。  顔を少しあげて薄暗い室内をぼんやりと見た。  隔離したということは、僕をベータと偽ったままにするつもりだ。アレスが欲しいのは、役に立つベータで、家に帰属するオメガじゃない。  石を飲み込んだように腹の奥が重くなる。不機嫌なアレスの顔が思い浮かんだ。 「大丈夫だ。大丈夫⋯⋯」  アレスは僕が役に立つ以上、利用しつづける。  だから、大丈夫。まだ、頑張れる。  ヨシュアは、アレスが出ていった扉に近づき、額をそっと当てた。  つらいのは仕方ない。そういうもの。  ふいにアレスの残り香を感じた。  冷えた体に温もりが灯る。温もりは扉の向こうからだった。  ヨシュアは身を起こしてアレスが消えた扉をそっと開けてみた。温かなアレスが通った形跡が廊下に広がり、すぐ横の階段の上から漂っていた。  いつもと違う。怖いほどはっきりと、香りの出どころをつかめている。香りをまとうのは自分だけじゃない。アルファも同じなのだと、ヨシュアはぼんやり思い、足を踏み出した。  薄暗い廊下を一歩進むごとに、香りは濃くなり、体にまとわりつく。まるで腕のなかに抱かれているかのように濃密な空気にすいよせられ、階段を上がり、広い廊下の先、飾り台に置かれたランプに照らされた木扉にたどり着いた。  (ここだ。ここにいる)  心臓はどくどくと早鐘を打ち、不思議なほど気分が高揚していた。  重い扉を開けようと手をのばした時、いきなり扉が軋む音を立て、内側へ勢いよく開いた。真っ暗な部屋が見えた直後、視界が反転し、喉を鷲掴みにされる。 「ぐ⋯⋯っ」  廊下の床に背中を叩きつけられ、息が完全に止まった。喉を強く掴まれたまま上から体重がかかる。腕を極められ、動けない。顎を掴まれ、顔を上に向けられた。  剣の切っ先が、眉間に突きつけられていた。  アレスだった。  しなやかな上半身をそのままさらし、濡れた銀髪をそのままにして、無感情な青灰色の目で己を見ていた。  ヨシュアは息ができなかった。自分がいる場所をようやく認識する。アレスの寝室に侵入しようとした。無意識の自分の行動に寒気が走った。  アレスはヨシュアの放心した顔から視線を外さずに、ゆっくりと剣を引いた。腕の拘束が緩み、顎と喉を掴んでいた手が離れ、ヨシュアは咳込んだ。  剣が床に置かれ、ヨシュアは腕を引っ張られて立たされる。  アレスは腰に布をひっかけただけの姿で、廊下のランプから、部屋の脇机のろうそくに火を移した。ヨシュアの赤くなった首筋に目をやり、気まずそうに顔をしかめる。 「……まさか本当に貴方だと思わなかった」  短髪の先から雫が落ち、肌からは洗いたての石鹸の匂いが混じっていて、ヨシュアは目が釘付けになった。自分が無意識に求めたものがそこにある。 「なぜここにいる」  いつもの声。  ヨシュアは、答えられずに無理矢理目を伏せた。艶のある姿に変な気分になりそうだった。  ヒートは、ここまで、自分を変えてしまうのか。抑えつづけたことで、反動がきているのかもしれない。 「私の部屋の鍵を、外からかけてほしい」 「何?」 「私が部屋から出られないようにしてほしい。アレスに何をするかわからない」  リネンタオルからむき出しの大腿筋が目に入る。  大きな影は、微動だにしない。 「俺に、貴方が何をするんだ」 「何って⋯⋯だから⋯⋯」  寝込みを襲おうとしたとは口が裂けても言えない。  落ち着かなくて周りを見回していたヨシュアに、アレスが着ていたコートが目に飛び込んできた。 「あれを貸してください」 扉の横に掛けられた濡れたコートを指さした。 指さす方を黙って振り返ったアレスに、バカなことを言っていると自覚する。 止まっていた涙が目からこぼれだした。 「ヨシュア」 「コートが駄目なら、手袋でもいいから⋯⋯」 「⋯⋯」 「おかしいのはわかっています。でも、どうしていいか⋯⋯っ」  アレスはしばらく黙ったままだった。小さくため息をついて、ヨシュアを見つめる。 「何を言っているのか、わかっているか」  ヨシュアは使い道を問われたのだと青ざめた。 誤解されてもおかしくない。 「⋯⋯ち、違う。そんなつもりでは」 「そうじゃない」 アレスは一歩踏み出し、ヨシュアの両肩に手をおいた。 「そんな顔するな。ヒートがはじまると感情の抑えが効かなくなる。普通のことだ」  親指で目尻の涙をゆっくりと拭われる。  優しい手つきだった。 「なんで。アレスはオメガが苦手なのに」 アレスが、片眉をあげて口を歪めた。 「間違ってはいないが、誤解があるようだ」  困ったように自嘲して、ヨシュアをやさしく腕のなかに抱き寄せた。 「たしかにオメガで困っている。俺が貴方を抱く口実ができた」  腕のなかで、急にアレスの濃密な空気に包まれた。頭の先まで熱くのぼせて、息が上がる。 フェロモンを、使われている。 「こ、れ⋯⋯っ」 「貴方に薬は使わせない。もっといい方法があるからな」  ヨシュアは突然の仕打ちに、何かの間違いかと思った。拘束を解かないアレスに焦って、ヨシュアはアレスの腕を拳で殴った。  アレスの熱いくらいの素肌が、密着した自分の肌の感覚を鋭敏に変えた。 「安心しろ。これでも抑制剤を飲んでいる」  言葉が耳に届く前に、アレスはヨシュアの後頭部を掴み、自分の首筋に押し付けた。むせ返るようなアルファのフェロモンを大量に吸い込まされ、意識がとびそうになる。 「うう⋯⋯っ、ふぅ⋯⋯っ」 「ヨシュア。欲しいなら、俺の身体を使えばいい」  耳元から愉悦を含んだ低い声が脳に響き、身体の芯を貫いた。腰ががくがくと震え、身体が支配された。毒がまわりきった顔を指で仰向けにされ、楽しそうに笑みを浮かべたアレスと目があった。  アレスが、欲しい。  くやしくて涙がこぼれる。  逃れたいのに噛みつくようなキスをしたのは、ヨシュアからだった。  アレスがヨシュアの首筋を指で擦りながら、ヨシュアの舌を受け入れる。ヨシュアは頭がぐちゃぐちゃになりながら、アレスの頭を掴んで唇から唾液を貪り、熱を求めた。  アレスは片手で扉を閉め、器用に鍵をかけた。ヨシュアを抱え、天蓋付きのベッドに倒れ込み、白い首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。  シャツのボタンを指先で弾き、あらわになった上半身の直に密着した肌の熱さにヨシュアの半身は固く勃ちあがる。アレスのそれが布越しに押し付けられ、熱い快楽に体を弓なりに反らせた。 「あっ⋯⋯だめ、だ⋯⋯っ」  アレスの上体をひきはがそうと、手を密着する胸に押し当てたが、アレスはヨシュアのズボンに手を潜らせ、咎めるように握り込んで先端を指できつく揉み込んだ。  体を貫く刺激にヨシュアは頭が真っ白になる。 「ふ⋯⋯っ、うっ」  一瞬の衝撃の後、目の前には一縷も見逃すまいと見つめるアレスがいた。  羞恥に身をすくめたヨシュアの肩をベッドに縫い付け、汚れた着衣を取り払った。自分の体を割り込ませて、ヨシュアの脚を大きく割り広げた。  長い指を二本、濡れた後腔にあてがい、ゆっくりとめり込ませ、開いて押し広げてゆく。   「あ、あっ、あっ」 「先から漏れてるぞ。可愛いな」  なんでこんなことになっているのか、分からない。  混乱するヨシュアを置き去りに、アレスは自身の先端で狭い入り口をぐりぐりと押しこみながら、ゆっくり侵入を試みた。 「ヨシュ。口」  舌で歯列をなぞられ、開いた隙間から入り込み、舌と舌が絡み合う。唾液も汗も香りまでもが混ざりあい、体の中に侵入され、ぐちゃぐちゃに壊れた。  ヨシュアは屹立して出したくてたまらないものを、アレスの腹にこすりつけた。快感に、混乱が塗り替えられてゆく。 「ん、んんっ」  出したい。出したい。触ってほしい。  身体だけがどうしようもなくアレスに触れたがっていた。欲しくて欲しくて、制御不能な自分を愛おしそうに見るアレスに、腹が立ちながらもすがってしまう。 「お前は気持ちいいの、弱いんだな」 「言うなっ。早く、早くしてくれ、我慢できない⋯⋯っ」 「気持ちいいか」 「き、気持ちいいのつらい⋯⋯っ、あ、アレス、アレス⋯⋯っ」  ヨシュアの体内を圧迫する異物が、硬く体積を増す。気持ちいいところをすべて押されて、頭が真っ白になった。 「助け⋯⋯っ」 「ああ、ヨシュ、俺の」  ゆっくりと狭い腸壁から抜き差しを繰り返し、ヨシュアがビクリと跳ねたところを見つけて執拗に攻められた。気持ち良すぎて、だらだらと先走りがとまらない。 「っ、あっ、だ、駄目っ、それ⋯⋯っ」 「駄目じゃない」 「ああっ⋯⋯」  塊が、敏感なところをきつくえぐった。大きな肩で、上体を拘束されて、そこばかりを責め立てられて星が散った。 「俺のものだ。俺の」  体に覚えさせるかのように、激しく突き立てられながら、アレスが首筋を甘噛した。 「あっ、あ⋯⋯っ」  首筋を無防備にさらして、自分は何をやっているのか。  胸の先端の尖りを拗じられて零し、指の間を握られて、快感が貫いた。顔をさする大きな手に、腰ががくがくと震えて目の前に火花が散った。尻に力が入り、中を穿ったものを締め付ける。 「ほし⋯⋯ほし⋯⋯い」 「飲み込め。いくらでもくれてやるから」  咥えさせられたまま、自身の竿をしごかれて、吐精した。  痙攣する体をひっくり返され、息つく間もなく突き入れられた。シーツが押しつけられた頬をこする痛みさえ快感に埋め尽くされ、わからなくなる。ごり、とおしこまれたそれが熱い精を放ち、大きな体が、ヨシュアを逃れられないように拘束した。 「ヨシュ⋯⋯」  甘く掠れた声は最後まで聞こえなかった。そのまま再び硬さを取り戻し、強制的にヨシュアを快楽に堕としつづける。  何度吐き出されたのかわからない。何をしているのかわからない。恐怖は麻痺し、体がおかしくなっても続けられる行為に、ヨシュアの意識は、ふつりと途絶えた。

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