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第17話

第17話 アレス2  アレスは、壊れて捨てられたソリに母の遺体を乗せ、集落を後にした。  まだ雪深い山の麓に分け入り母の弔いを済ませて街に戻ると、城門前の石畳の広場に向かった。  戦時下のグレンヴィルは、荒くれ者の集まる傭兵団が、常時人を集めている。下働きをする後方部隊なら子供でも歓迎される。炊き出しの匂いにつられた少年達が食べ物と引き換えに帆布で覆われた幕舎に入っていくのを横目に、アレスは歩きながら彼らの様子をつぶさに観察した。  酒瓶が転がっている兵団もあれば、略奪をエサに大声で勧誘する兵団など、戦場を知らないアレスから見ても犬死しそうな兵団ばかりだった。 (まともなところがひとつもない)  見込みが甘かったとあきらめかけたとき、広場の端の静かな一角で足が止まった。  人相は悪いが酒瓶はなく、荷物が整頓されている。幕舎は杭がしっかりと打ち込まれ歪みがなく、規律が行き届いていることが推測された。  観察していると受付をしている長髪を後ろで束ねた細い目の青年が、アレスに気がついた。 「お前。うちは食い物はねえからな。さっさとどきな」  木の椅子に座ったままシッシッと手で追い払おうとする青年にアレスは近寄り、立ったまま上から睨めつけた。 「俺は文字が書ける。計算もできるぞ」  青年はアレスの綻びた服と痩せた身体を眺めて、面倒そうに返した。 「あのな?ハッタリかますときは、すぐばれないことを言えよ。商家の出には見えねえよ?」 「お前のここ、繰り上がりが抜けている」  アレスは青年の横に座る熊のように大きい男が書いていた帳簿を指差しながら、間違いを指摘した。 「おお?」 「そもそもそこの山積みの袋の数なら、下段の一辺の数から把握できる。55袋だ」 「⋯⋯お?おう。頼まれた数と合ってる。すげえな、お前」  熊男は目を丸くして、帳簿とアレスを交互に見た。それを見ていた近くの一人が声をかける。 「小僧。どこで覚えた?」  幕舎から無精ひげの生えたやや年配の男が出てきた。軽い口調だが、探りを入れるような目は笑っていない。 「どこでもいいだろ。俺は役に立つ。契約を交わしたい」 「うちは後方部隊はいないんでね。多少役に立つだけのガキはいらない。すぐ死ぬだけだからな」  いらない、といいながら、男はアレスから視線をはずさない。 (採用条件は、すぐ死なないことか)  考えあぐねているとみたアレスは、男に向き合った。 「俺は、戦える」 「ばーか、大事なのはそうじゃねえ。人を殺せてなんぼなんだよ。悪いことはいわない。俺がいい商隊を紹介してやるよ」 「俺を売り飛ばすより、使ったほうがお前達の稼ぎになる。⋯⋯俺を殺そうとする奴なら、俺は殺す」 「命知らずな小僧がいたもんだ」 男は肩をすくめてアレスに剣を放った。 「いいぜ。その無鉄砲さに免じて、俺の膝が地面についたら、雇ってやる」  嘲りを含んだ笑いに、アレスの目が据わった。 「その言葉、忘れるな」  鞘を投げ捨て、剣先をピタリと男の眉間に向けた。 「きれいな型だ。さしずめ元貴族のお坊ちゃんってところか?」 「だったらなんだ」  隙のない男は、軽く構えて掛かってくるように手招きした。 「きれいな型は手が読みやすいんだよなーっと」  軽口を叩きながら、男はアレスが、突いた剣先を交わしたその動きのまま、回し蹴りでアレスの体を吹っ飛ばした。 「ぐ⋯⋯っ」 「おお?ちょっとかわした?」  麦袋の山に叩きつけられたアレスは激痛を堪えて、すぐに型を構えた。立ち上がる直前に石畳に散らばる砂利に左手を滑らせ、無言で握りしめる。 「受け身がとれた反応の速さはいい。勝負をあきらめないのも好きだぜ。⋯⋯だが、それだけだな」  冷めた表情をみせる男と、その周囲をとらえながら、アレスは男の膝をつかせるための、手段を計算する。 (こいつにどんな手数があったとしても、剣先の交わし方はひとつに絞れる)  剣を構える男に対し、アレスは再び、眉間への鋭い突きを放った。男が「またそれか」と交わそうとした瞬間、左手の砂利を男の顔面へ容赦なく叩きつけた。 「ぶっ、なっ⋯⋯!」  男が反射的に顔を背け、視界を奪われた一瞬の隙をつき、アレスは姿勢を低く滑り込ませ、全体重をかけて男の軸足の足首を蹴り上げた。 「ぃいってぇ!」 「膝がついた。俺と契約しろ」 「お前、加減しろよ!」  石畳に手と膝をついた男の首筋に、後ろから刃を押し当てた。 「今わかった。俺は殺れそうだ」  男の額から汗が流れた。 「団長、大丈夫っすかー」  目の細い長髪が、心のこもっていない声で、座ったまま手を振った。 「おい。契約は」 「わかったよ。入りたきゃ入れてやる。俺が優しく帰れって言ってやってんのに、聞かねえ奴だな。なんで傭兵団に入りたいんだよ?」  男はアレスの剣を腕で押しのけ、自分の首筋をさすり、血が出ていないか確かめた。 「なんだっていいだろ」 「まさか死にてえのか?」 「俺は死なない。強くなる。誰よりも」  言い切ったアレスに、ヒゲの男はあからさまに面倒くさそうな顔をした。 「青くさ」  目の細い青年が、顎を手にのせて笑った。 「強くなるんじゃなくて、お前はまずこの麦俵を数えるのが仕事だぞ。それと馬の世話な。助かるわー」  アレスは、城の影で見えない集落のほうを眺めた。何もできない子供のままでは、大切なものはすべて奪われる。  もう、二度と奪われるのはごめんだった。  何も残っていなくていい。圧倒的な暴力に踏みにじるじられないだけの力が欲しかった。  鋼嶺山脈の春は遅い。  雪解けがはじまっても天候が急変して、山道がまた雪に埋まることはよくあることだった。 アレスが入った傭兵団は、春のはじめに斥候狩りの一隊として山中に潜んでいた。  アレスが敵の逃げた斥候を追いかけてから一刻経ち、団長が賭けに負けた時の心配を本気でしはじめた頃だった。矢筒を空にして雪まみれで戻ってきたアレスが現れ、目を輝かせて腰を浮かせた。 「よくやった!アレス。お前なら死なねえと思ってたぜ!」  抱きついてくる団長の髭が顔に当たるのを両手で遠ざけながら、アレスは皆が口にしているものを目ざとく見つける。 「腹が減った。俺にもくれ」 「仕方ねえなあ、お疲れさん」  荷物持ちの男が、なぜか気落ちした顔で干し肉を投げてよこすのを左手で受け、その場で小型のナイフを取り出し薄く削る。クチャクチャと口の中で噛むと、脂身の多い肉汁が、五臓六腑に染み込んで、この上なく美味い。 「ほら、これも食え」  団長は、逆に気味が悪いほどご機嫌だ。胸元から皮の袋に包んだ塊をアレスに手渡すと、アレスの目の色が変わった。 「これは⋯⋯いいのか?」  故郷ノルズガルドの超高カロリー高級非常食、脂身を溶かした肉と果肉を粉末にして捏ねてつくったペミカンだった。 「ぼろ儲けさせてもらった礼だ」  言い終わる前に、ペミカンに齧りついたアレスに団長が苦笑した。 「なんだよ。賭けでもしてたのか」 「お前が一人で深追いしていくからさ。生還できるかどうか賭けたくもなるわな。⋯⋯で、どうだ。殺ったのか?」  団長は、口調は軽いが目が鋭くアレスを観察している。アレスはぐっと、顔をしかめた。 「あいつに近づけなくて⋯⋯崖から落とすのがやっとだった」 「ほう。崖から落とすのは平気か」  悔しそうに顔を歪めるアレスを見て、団長は感心したように嘆いた。 「ガキのくせに手練れを相手に上等だ、といいたいところだが、死体はちゃんと見届けたか?」  団長の言葉に頬張る口の動きをとめた。死んだと思い込み、確認しようとは考えなかった。 「⋯⋯崖が深すぎて見えなかった」 「まあ、あの崖じゃあな」  わかってて聞いたのかと、アレスは団長を睨んだ。 「アレス、覚えとけ。俺たちは深追いはしない。逃げた奴が本隊と合流しようが、追いかけて返り討ちにあうリスクはとらない。死にたくないからな」  傭兵らしい考え方だった。 「逃すとここで張ってることが、敵にばれるぞ。いいのか」 「いいんだよ。それより一人欠けたら俺たち全体の戦力が削がれる。これまでやれたことが次やれなくなるのが問題なんだ。だから。次からは。絶ーっ対に一人で深追いするな」  額を指で強く弾かれ、アレスは呻いた。 「今回馬鹿なお前が戻ってこれたのは、幸運だっただけだ。どの道、一人逃がした時点でこの場所は捨てる」  腹の立つ髭野郎だが、一団を率いているだけのことはある。  屋敷にいたとき、義兄は筋の良さを褒めてくれたが、幼い自分がしていたのはあくまで貴族の手習いごとだ。隊で戦うことを知らない。ここでは自分は力も、経験も、技術も、圧倒的に足りていない。アレスはズキズキする額に皺をつくり、歯を食いしばった。 「⋯⋯わかった」 「おうよ」 「どこに移動するんだ?」  アレスは気になっていたことを聞いた。 「山道の西側だな」 「どうして」 「行けばわかる」 「だから、どういうことだよ」 「焦るなよ」  団長は革靴の紐を締め直し、荷物を背負った。 「気になるなら、あとでカインに聞いてみろ。だいたいはあいつの下見から、ポイントを決めてる。」  アレスは髪を束ねた二十歳くらいの若者が、笑いながら金を徴収しているのを見た。金を渡す方は、悔しげに若者をにらみながら腰の小袋から貨幣を取り出している。 「カインだったか?あいつも賭けに勝ったんだな」 「あいつはよく見ている。俺と同じさ。さあ、お前は仮眠の前に移動だ。行くぞーお前らー」  団長の掛け声で、休息をとっていた隊員が動き出す。   アレスはペミカンの残りを革袋に入れて後に続いた。男が特別食をアレスに与えたのは、賭けに勝った分け前ではなく、体力を無駄に消耗した自分を動かす為に与えた気がした。 「⋯⋯くえないジジイだ」 アレスは毒づき、男の背中を睨んだ。 (超えてやる)  力が足りない。知恵も足りない。 だがここを生き延びれば、弱い自分を変えられる気がした。

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