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第18話
第18話 アレス3
アレスが転機を迎えたのは、傭兵団に入って三年になる頃だった。
グレンヴィルは冬になると傭兵向けの仕事がなくなる。そこで団長は、南のヴェルディス領の商人から窃盗団討伐の仕事を請け負った。
団長が聞いた話では、グレンヴィルからヴェルディスとカスティールの間に流れる川の近くで、傭兵崩れの窃盗団が出没するらしい。三領の境界付近の為、どこの領主も動いてくれず、話を聞いたグレンヴィルの将軍の口利きで、団長が商人に紹介されたらしかった。
「他領の兵隊さん達にご迷惑がかからないように、お行儀よく殺りましょう。死ぬからね」
という団長の指示のもと、皆はそれぞれ下見の為に散らばり、川沿いの探索に当たった。アレスはカインと下流の東岸を調べに行き、程なくして、何者かに荒らされた雪をアレスが見つけた。
「カイン。足跡が東に続いている」
「お。てことは、カスティール領に潜伏か」
「かもな。奴らにとっては一番安全な領だろう。行くか」
二人は足跡をつけようとしたが、カインが遠くを見てアレスを制した。
「兵士だ」
背を低くして葦の茂みから覗き見ると、遠くで馬に乗った兵士数人と歩兵のみの、小さな一団が川沿いを進んでいた。
「あ、団長見つかったよ」
「幕舎立てたから逃げようがない。にしても早すぎだな」
正規の兵士に見つかれば、領地侵犯で即処刑だ。それを避ける為にどの領地でもない中州にたてた幕舎だが、見逃してくれるかは、相手次第だった。
馬に乗った部隊長らしき男と団長がやりとりしているすぐ近くに、馬に乗った少年がいるのが目に入った。淡い金髪を揺らして、二人の間に割って入る。団長が即座に片膝を雪の上に突き、頭を垂れた。
(⋯⋯何者だ?)
身なりはさほど上等ではない。だが団長が最上位の臣下の礼をとった相手なら、領主かそれに近い位のはずだ。久しぶりに見る上位の人間に、胸の奥がざわりと動いた。
話が終わったようで、彼らは団長達をそのままにして踵を返した。東へ戻る一行はアレス達が潜む川辺りの脇を通り、アレスは間近で亜麻色に近い金髪の少年を見上げた。
白いきめ細かな肌が冬の西日を照り返し、少年は目を細めながら護衛の男に穏やかに話しかけている。なんでもない光景なのに、アレスはなぜか目が離せなくなった。
レガリス⋯⋯
今まで記憶の底に沈んでいた、母が望んだ南の街の名前を思い出した。
「アレス、戻るぞ」
カインの言葉に現実に引き戻され、軽く頭を振った。
(⋯⋯なんだ?)
何故今になってその言葉を思い出したのか、不思議だった。
他の団員が集まる中、団長が彼らのことを説明した。カスティール領の正規兵で、窃盗団が廃村に住み着いたという話を聞いて巡回に来たのだと言う。
「正規兵?大半が民兵っぽかったよな。弱そうだったし。本当か?」
一人が疑問を投げかけた。
「弱そうは余計だ。ひとり身綺麗な子供がいただろ?あれ領主の嫡子だ」
子供の話になど関心がない団員たちに、団長は話を続けた。
「まあ聞け。その嫡子サマから討伐の許可が貰えたぞ。さらになんと」
団長はタメをつくってニヤリと笑った。
「領都の宿を使っていいとさ!今夜は寝床と酒だ!寝床!酒!お前ら天幕畳め!とっとと荷物まとめるぞー!」
「うおおおおお!」
歓声があがり、皆は一斉に解体をはじめた。
「ここの嫡子サマはなかなか話がわかる奴だな」
「俺の隙のない殊勝な態度が気に入られたのさ。お前ら感謝しろ」
「はは、言ってろ」
温かい寝床の話に、皆機嫌よく片付けをしてゆく。氷が張る川辺の天幕とは雲泥の差だ。
アレスは遠くでこちらの様子を窺う団を見て、鼻で笑った。
「賢しい奴だ」
討伐をよそ者にやらせて、ついでに領都に泊まらせて監視する。彼らに何の損失もなく、領民からの評価があがる。
あの場での判断の早さはなかなかだ。
綺麗な顔をしながら実利を巧みにとった少年に、久しぶりに貴族らしい狡猾さを見た気がした。
「なんか俺らだけひどくね?皆、今頃暖炉にあたりながら酒を飲んでるんだぜ。」
カインは不満をたれながら、白い帆布を頭までかぶり、川辺で見つけた足跡を辿る。アレスも同様の格好で、カインの後ろに続いた。「見つけたなら確認してこい」という団長命令により、二人だけがカスティール兵の目を盗んで、隊から離れたのだった。
(今更だな)
カインの文句は八割聞き流すことにしている。不満は一時の言葉だけで、本人が気にもしていないからだ。それどころか実は楽しんで任務をこなしているから、アレスも仕事がやりやすかった。
「足跡が消える前までに見つけないとな。俺も早く終わらせたい。急ぐぞ」
北に広がる白い林は、グレンヴィル領とカスティール領の境界だ。その林の脇をゆったりと流れる川辺に沿って、数人の足跡が続いていた。二人はその足跡から踏み外さないように、慎重に歩を進めた。
「くっそ、途切れてる」
足跡は突然なくなり、その先には小動物の足跡しかない雪原が広がっていた。
(雪を利用しているが、よくある手だ)
アレスは川の東に広がる林を見た。
領の境界だから、潜伏するには都合がよい。アレスは追ってきた足跡を振り返り、痕跡をごまかせる場所の目星をつけた。
「戻るぞ。窃盗団がこの辺りにいるのなら、茂みの辺りから林に入る はずだ」
二人は歩いてきた跡を辿る。藪の周囲を調べ、少し離れたところで見つけた足跡を追って林に入った。歩き進めるにつれ、枝から雪が落ちる音以外は、何の音も聞こえなくなる。2人は無言で歩き続けた。
「おい」
アレスがカインの肩をつかんで、足首付近に張られた糸を指で示した。糸の先には雪が積もった藪があり、カインはその中に黒い矢じりを見つけて息を飲んだ。
鎧を貫通させるための四角錐の矢じりが、ちょうど心臓の高さに照準を合わせている。
「これは獣向けじゃない。同業者向けだ」
アレスが肩越しに、カインに小声で告げた。
「よく見つけたな」
「勘だ。そろそろ見張りが出てきてもおかしくない。戻るぞ」
「待てよ。あそこの足跡の数が多い。せめて人数の把握はしないと」
「深追いはダメだ。罠かもしれない」
アレスが何を考えたのかカインも理解した。
「⋯⋯足跡は誘導か」
「おそらく」
「なら、ここまでだな」
周りに注意を払いながら、来た道を辿る。
「お前ほんと成長したな」
「北の出だから、知っているだけだ」
「ノルズガルドが手ごわいはずだわ。まあ俺達の飯の種だから、弱すぎると困るけどな」
カインはへらりと笑い、今夜食べる宿の料理のメニューを予測し始めた。アレスもカインの並べ立てる料理の豪華さに苦笑しながら、軽い足取りで後に続いた。
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