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第19話

第19話 アレス4  二人が宿に戻ったのは、日没頃だった。軽く食事を済ませ、二階の宿泊部屋で団長と副団長にカインが手短に報告した。鉄の火鉢に入った赤い炭火があるおかげで、扉を閉め切っても、仄かに暖かかった。 「というわけで人影は確認していませんが、奴らがいるのは確実です」  風の向き、地形、死角。情報を的確に言葉にする能力では、アレスはカインに敵わない。アレスは聞きながら、カインの情報を、自分のそれとあわせて組み直していた。 「場所が特定できたのは収穫だ。だが動くのは、人数と装備を確認してからだな」  肘をついて簡単な地図を見ながら団長が、黙ったまま壁に寄りかかっていたアレスに目を向けた。 「アレス、お前の見立てはどうだ」  考え込んでいたアレスは、団長に問われて自分の推測を述べた。 「奴らは、元同業者だろ」 「根拠は」 「仕掛けられていた罠は、鎧を貫通させるための四角錐の矢じりで、人の心臓の高さに調整してあった。標的は獣じゃない。人だった」 「それだけじゃ弱いな。狩りを生業にしている奴でも、それぐらい考えるだろ」  団長は面白そうにアレスに目を向けた。 「それだけじゃない。わざと足跡を見せつけて、敵を誘い込もうとしていた。狩人は無駄な殺生を嫌うが傭兵は違う。罠で殺せなかった追跡者を誘い込んで仕留めるのは、あんたもやりそうだぜ」  アレスが、団長を見返した。副団長がじろりと団長を見た。 「そうですね。あなたはやるな」  カインも続けた。 「団長なら生き生きしてやりそう。俺罠に引っかかるとこだったんすよ。やり口が姑息ですよね」  三方から攻め立てられて、団長は口を思い切りへの字に曲げた。 「俺をなんだと思ってるんだ。お前らも似たようなもんだろ。くそ、わかったよ。確かに元同業者だな」  アレスは続けた。 「あと追跡した足跡が綺麗すぎた。バラバラに動き回った跡がない。統率されていないと難しい」 「指揮できる頭がいるか。厄介だな」  副団長のつぶやきに、アレスは毒を含んだ笑みを浮かべた。 「問題ない。そいつは追っ手を警戒しているだけで、多人数での急襲は想定していない。面での攻撃を想定しているなら、違う罠を張るよな?」 「ああ。違う。矢だけでも三十本は使う」  団長はにやりと笑って立ち上がった。 「やることは決まった。まずは背後から探って見張りと罠の位置を割り出す。明日は別の奴らに当たらせる。お前らは近場で聞き込みしながら体力を温存しておけよ。数日で片づけよう」  解散になったところで、団長がアレスを呼び止めた。 「お前に話がある。少しの間二人にさせてくれ」  団長はアレスだけを部屋に残すと、椅子に座るよう指を指した。 「でかい話だ。早めに伝えたほうがいいと思ってな」 「なんだ。早く言えよ」 「実はグレンヴィルを出る前に領主サマから打診があってだな、お前を養子に迎えたいそうだ」  アレスは口を開けたまま、しばらく固まった。 「はあ?⋯⋯養子?」 「ほら、お前の提案で、ノルズガルドの部隊を雪崩使って全滅させたことがあっただろ。あのとき領主サマ前線に出てたらしいんだよ。それでなかなか冷酷で領主向きの子供だと、気に入ったらしい」 「⋯⋯領主向き」  アレスにとっては、故郷の兵士達を罠にはめて、窒息死させた件だった。あの時、自分の胸が痛まないことを知った。おそらく自分は、領民を数字に置き換える類の人間だ。その判断を領主向きという奴は、自分と似た類かもしれない。 「グレンヴィルの領主は変わり者でな、身分を問わず、目をつけた奴を養子にしている。次期領主候補として育ててるんだ」 「待て。グレンヴィルは、この国の北の要だろう?領主は王室が人質をとれる奴じゃないと駄目だろ」  団長が目を細めた。 「よく知ってるじゃねーか、ガキのくせに。しかも王室が人質にとれるってか?どこ目線だよ」  アレスは黙った。 「まあ、いい。お前の言う通り、以前はそうだったさ。だがグレンヴィルはゴロツキ国家と戦争状態で、中央は金と物資を出し渋り頼りにならない。だから自前で「勝てる」奴を上に置いたんだ。あそこは今の領主も、先代も養子だ。中央貴族とは無縁のな」  要は戦争が続いている間だけ黙認しているだけだろう。ということは、今の領主も戦争が終われば用済みになる可能性が高い。 「⋯⋯俺はノルズガルドから来た難民だ。敵国出身だとわかってるのか」 「俺もそれは伝えた。だが出自はどうでもいいらしい」 「無茶苦茶だな」  思わず、笑いが漏れた。  自分の首も危ない状態で何を考えているのか。  面白い。 「お前が嫌なら他をあたるそうだ。俺が思うに、お前の優先順位は高くない」  団長の言うことはもっともだった。本気で欲しいなら直接自分と話す機会をつくるはずだ。 「手当たり次第か。傭兵のスカウトと変わらないな」 「だが、悪い話じゃない。侯爵家だぞ。普通はあり得ない。たまたまそこの領主選抜戦に参加資格が与えられたんだ。敵国の移民の子供がな。面白いと思わないか?」  分の悪い選抜戦を面白いというあたり、団長もたいがいイカれている。アレスはため息をついた。 「あんたが乗り気になるのは何故だ」 「アレス。三年もやってりゃ、この仕事に先がないのは分かるだろ。いずれ積む」 アレスは、団長から先がないという言葉が出たことに驚いた。 「あんたは上手いことやってると思うが」 「なんとか生き延びているだけさ。どこかで降りなきゃ、よくて片輪になるか死ぬかだ。お前が養子になったら、俺は正規の雇われ兵ってわけさ」  アレスは、あきれた。 「俺に顎で使われていいのかよ」 「さんざん顎で使われてきた傭兵だからな。お前を神輿に担ぐのも悪くない。先は知れてるけどな」  堅実なふりをして博打を打つ団長らしくて、アレスは表情を緩めた。 「考えておく」  扉を開けて、副団長と入れ替わりに部屋を出た。宿の廊下は、一階の暖炉の熱があがってきているせいで、部屋よりもさらに暖かい。  アレスは扉を背につかの間佇んでいたが、肩をすくめて自分の宿部屋へ歩き出した。

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