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11#蜜の底② ※R

 しばらく抱き合ったまま、ようやく呼吸を落ち着けてラスが身じろぎすると、不意に顔を上げたフランとぱちりと目が合った。  そのハニーアンバーの瞳はまだつい今し方の絶頂と快楽の余韻を残してはいるものの、早くもいつも通りの色を取り戻しつつあるように見えた――そして。  フランの唇が、にっこりと笑みを形どる。瞳に浮かぶ悪戯っぽい光。それは彼が、人をからかったり挑発したり、何かよからぬことを企んでいる時の顔。  ――嫌な予感がした。  ラスのものはまだフランの中にある。温かな体温に包まれているのはひどく心地が良かったが、それを振り切ってラスが身体を引こうとした瞬間、逃がさないとばかりに意志を持ってぎゅうっと締め付けられる。どくりと脈打ったのは、はたして熱を持ったフランの内壁だったか、握り込まれたラス自身だったか。 「……っ、おい、」  掠れた声で抵抗するが、フランは面白そうに笑ってラスの頬にするりと指を滑らせる。 「たった一回で終わりだなんて。……まだ、僕を楽しませてくれるんでしょ?」  ​その甘い囁きは、ラスのなけなしの抵抗をいとも簡単に溶かしていく。身体は疲労を訴えているのに、彼に触れられると、意に反して消えかけていたはずの熱が疼き始めてしまう。 「……怪我人だぞ」 「医者の言うことはきくもの」  いい加減なことを言いながら、ラスを見下ろしたフランはふふんと得意げに笑う。 「……バイクは運転させられないのに、セックスはいいのかよ」  ——やはり、こいつには敵わない。  短く悪態をついて、ラスは完全な降伏を認めるように、深く息を吐いた。  仰向けに倒れたラスの上に跨がったまま、逃げ場を塞ぐように両手をついたフランが艶やかに微笑む。  「……じゃあ、特別に今度は僕がサービスしてあげる」  ラスは仰向けのまま、恍惚とした表情で自分を見下ろす美しい魔物の姿を、ただ見上げることしかできなかった。  窓から差し込む光が傾き、フランの表情に、刻一刻と変わる影を落とす。彼の栗色の髪が美しく整った顔にかかり、その隙間から見える蜂蜜色の瞳がラスを捕らえて離さない。そこに映る自分を見て、まるで蜜に溺れる虫だ、とどこか自嘲気味に思った。 「……ふ、……っあ、……ん、……」  ふたたび芯を取り戻したラスの熱を、フランが自らの重みを使ってゆっくりと、一番深いところまで飲み込んでいく。完全に根元まで到達した瞬間、フランは歓喜に背筋を震わせ、うっとりと甘い溜息を漏らした。 「っ、……ん、はあ………すごい……まだ、こんなに……」  擦り上げるような滑らかな旋回と、時折重力に従って奥深くまで突き刺さるような乱高下。動くたびに、繋がった場所からラスの吐き出したものとローションが混じり合い、ぐちゅ、と卑猥な音を立てる。 ​ ラスを翻弄しながら、自らも蕩けるように喘ぐフランの姿はどうしようもなく淫らだった。さすがは元男娼(プロ)、などと感心する余裕もなく、その声と表情と柔らかい内壁の吸い付くような収縮が、あっという間にふたたびラスを追い上げていく。 「……っく、は……ッ……あ」  せり上がってくる衝動に任せて思わず腰を突き上げようと、ラスが力を込めた瞬間だった。  不意にふわりとフランが腰を浮かせ、ぎりぎりまで高められていたものが圧迫から解放される。 「………――、おい…ッ」  寸前で放り出された身体が、行き場のない衝動に震えて悲鳴を上げる。 「……まだ、だめ」  唇をぺろりと舌で濡らして、フランは楽しげにその蜜色の双眸を細めてみせた。 「ふざ……けんな、この……ッ」  じれったさにしびれを切らし、ラスは衝動的にフランの腰を掴むと、強引に下から突き上げようとする。だが、その動きさえ予期していたかのように、フランは巧みに力を抜いて受け流してしまう。 「あ、……っ、ふふ、だめだよ……そんなふうに、したら」  狙いを外して焦れるラスを宥めるように、フランは浅く繋がったままの場所へそっと指を添えてみせる。指先で根元を撫でながら、彼はふたたび少しだけ身を沈めると、先端へ自ら中の快楽の芯を擦り付けるように腰を揺らした。 「……っ、フラン、」  フランの中で先端だけをピンポイントで擦られる刺激はたまらなくもどかしく、ラスの中でとにかく奥へ、もっと深くという衝動だけが膨れ上がって思考を染めていく。  焦れるラスをよそに、フランは身勝手に自身の快楽を追って腰を揺らしていた。自分の指で胸を弄りながら気持ち良さそうに喘ぐさまはもはや視覚の暴力に等しく、もどかしい下半身の刺激よりもよほどラスを煽りたてる。 「あ、あっ、……ん……っいい、……あ、イ、く……!」  ひときわ高い喘ぎとともにびく、と身体を震わせて、フランの腹部がきゅんと収縮する。自らの動きで軽く達したらしい彼の性器からぷしゅ、と蜜が溢れて、その唇からはあ、と恍惚のため息が漏れた。 「……ってめ、自分だけ気持ちよくなってんじゃねえよ……!」   生殺し状態のまま一方的に自分の上で乱れる淫らなショーを見せられ、欲望はもはやはち切れる寸前だった。  たまらず抗議するラスに、フランは甘く吐息を乱しながらラスを見下ろし、ふ、と微笑んでみせる。とびきり美しく挑発的な笑みを乗せた唇を触れるぎりぎりまで寄せて、彼は悪魔のように囁いた。 「……ふふ、それじゃあ……いちばん美味しいところを、あげる」  その言葉とともに、フランはそのまま余韻で震える体内に、深く、重く、ラスの熱の根元までを呑み込むように、一気に沈め込んできた。 「…………は、あ……」   達したばかりのフランの中は、とろけるように柔らかく、熱く、それでいて強烈な締め付けでラスのものへ吸い付いてくる。それは体験したことのない、抗いがたい快感だった。 「突いて、そのまま……奥まで」  ようやく出た許可の言葉に、ラスはもはや形をなしていなかったなけなしの理性を完全に手放した。  フランの腰を両手で掴むと、弾かれたように腰を跳ね上げ、限界まで沈み込んでいた最奥の壁を、容赦なく下から突き上げる。 「あっ! あ、あ…ッ…、深……あっ」  達したばかりで極度に敏感になっているフランの内壁が、びくびくと痙攣してラスの熱に限界まで絡みつく。  一度突き上げてしまうと、焦らされ、限界まで膨れ上がっていたラスの衝動は、もう止めようがなかった。フランの最も熱く、柔らかい最奥だけを狙って、獣のように何度も、何度も腰を打ち付ける。 「あっ、あん、ッ……は、あ……っ、そこ、突いて、もっと……っ」   乱暴に抉られるたびに甘い喘ぎを散らしながらも、その蜂蜜色の瞳は、快楽に溺れていくラスの必死な顔を特等席で楽しむように見下ろしていた。  もはや、己のすべてがこの美しい魔物の手のひらの上で弄ばれ、ただひたすらに快楽だけを搾り取られている――その圧倒的な敗北感すらもが、ラスの脳髄を白く焼き切る最高のスパイスになっていた。 「っは、……もう……、ッ、出すぞ……!」 「きて……ぜんぶ……いちばん、奥に、……ッあ――!」   強烈な最奥の収縮に、ラスはついに腰を深く打ち付けたまま、限界まで溜め込んでいたすべてを一気に白濁の熱として最深部へと解き放った。   *  そうして​どれほどの時間が経ったのか――気づけば、窓の外は完全に夜の闇に包まれていた。街のネオンが、カーテンの隙間から色とりどりの光を部屋に投げかけている。  ラスは、硬いフローリングの感触でゆっくりと意識を取り戻した。身体中がぎしぎしと軋む感覚に、凄まじい疲労と倦怠感。そして腕の中には、柔らかな温もりとずしりとした重み。見下ろせば、そこには穏やかな寝息を立てるフランの姿があった。  二度の深い絶頂を越えて、そこからはもはや欲望の箍が外れたようだった。ベッドの上だけでは飽き足らず、床にシーツを引きずり下ろし、壁に互いの身体を押し付けて、結局何度求め合ったのかもわからない。  快感と疲労の波に揺さぶられ、意識が朦朧とし始めてなお、フランの唇が、声が、指先が、何度でもラスの熱を引き戻しては新たな快感の渦へと引きずり込んで、そうして何度目か知れない絶頂の後、床に散らばったクッションとシーツの上、二人は絡み合うようにして眠ってしまっていたらしい。  腕の中の無防備な寝顔は、少し前まで乱れに乱れて自分を翻弄していた淫らな魔物とは、まるで結びつかない。そのギャップに、ラスは改めて目眩を覚えた。一体なんなんだ、この男は。  フランが、ん、と小さく身じろぎし、長い睫毛がゆっくりと持ち上げられる。まだ眠たげに潤んだ蜂蜜色の瞳が、至近距離でラスを捉えた。 「おはよう、リーズ刑事」  その声音は、診療所で会う時とまったく変わらない、いつものフランそのものだった。ぐちゃぐちゃに乱れたシーツの上で、裸で抱き合っているというこの状況さえ除けば。 「おはようじゃねえ、まだ夜だよ。……ったく――底なしか、あんた」  ​ため息とともに出した声はさすがに掠れていた。フランはといえば、まだ余裕さえありそうな様子でくすりと笑ってみせる。 「底まで付き合ってみる?」 「……殺されそうだ」 「腹上死は浪漫でしょ?」  物騒なことを言いながら、フランはするりとラスの腕を抜け出し、立ち上がる。一糸まとわぬ身体には、あちこちに今しがたの激しい情事の痕が残っている。それ以外は初めてホテルで会った時と変わらない、なめらかな肌としなやかな肢体。 「シャワー借りるね」 「……ああ」  あれほど激しいセックスの後――それも床の上で寝ていたというのに――にも関わらずふらつく様子も一切なく、悠然とバスルームに消える背中を見送って、ラスはようやく床から身体を起こす。フランとは対照的に軋む身体をのろのろと持ち上げると、ベッドサイドのシガレットケースから煙草を一本取り出し、火をつけた。  何気なく動かした左腕に、鈍い痛みが走る。包帯越しに疼く傷口が、昼間の出来事を思い出させた。ダイナーでの騒動から始まって、今に至るまでの数時間が、まるで夢のように思える。  ――予感がなかったかといえば嘘だ。  だからこそ、無意識にそうならないよう抵抗し続けていた。それすら、彼にはすべて見透かされていたわけだが。  理性もなにもかもなくただ獣のように貪り合って、苦痛と快楽の境界さえ曖昧になるようなセックス。今までに抱いたどの女よりしなやかでどの男より柔らかく、ただ噛み合っただけで達してしまえそうなほど、ぴたりと吸い付く肉体。あれに溺れたという男たちの気持ちが嫌というほどわかってしまう、極上の肌。 (………とんでもなかったな) 「ただ、今この瞬間に欲しい」――それでいいと開き直ったはずが、さらにどうしようもなく淫らな顔を見せられて、今こうして始まりも終わりも見えない熱に振り回されている。  マキの「喰われるなよ」という忠告が、今さらになって頭に響いた。「だから言わんこっちゃない」という、あの人の呆れた顔が目に浮かぶようだ。  それでも、不思議と後悔はない。フランとのセックスは、間違いなくこれまでの人生でラスが経験した中で最高だった。だが、この勢いまかせの関係を、どう定義すればいいのか。何よりも自分自身が彼とどうなりたいのか――それを確かめる機会があるのかどうかすらも。 (……おいしければなんでも、か)  バスルームから響く水音。  フランは――星の数ほど男を知る彼にとっては、これもありふれた、ほんのきまぐれの一回に過ぎないのかもしれない。それこそ、たまには馴染みのないダイナーで食事でもしてみるかといった程度の。  ラスは、答えの出ない問いを頭の隅に追いやり、まだ濃密なセックスの気配の残る部屋に、ため息とともに煙を吐き出した。  

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