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15#深夜のEMERGENCY②

「――誰だ」  ​ラスは咄嗟にフランを背後にかばい、男に銃口を向ける。 「おっと、いいとこだった?  邪魔したかな?」 「……ロニ」  ​フランが、男の名を呼んだ。 「知り合いか?」 「レヴァリスのメンバーだよ」  ため息をつきながら答えるフランは、どこか投げやりだった。それを気にするでもなく、男が口を開く。 「ナナミから、連中があんたを強制的に拉致しに動いたって連絡が入ってな。ま、この様子じゃ失敗に終わったようだが――セルジオの奴、相当焦ってるな」 ​  軽薄な口調。銀髪。レヴァリス。間違いない。先日、イジーが接触した男だ。  フランが断ったという〝交渉〟の件といい、この襲撃にレヴァリスが関わっていることはもう間違いない。 「どういうことだ?」 「あん?  なに、刑事さんてばそこの先生から何も聞かされてねえの?」  ​ロニ、と呼ばれた男は、ラスの銃口など意にも介さず、大袈裟に肩をすくめてみせた。  ——そうだ。この状況に至った事情を、ラスはフラン自身の口からは何も聞かされていない――男の言葉が事実として突き刺さる。その苛立ちを笑うように、ロニは続けた。 「ウチの幹部の一人が、ボスの目を盗んで麻薬の密売ルートを画策してる――ってのはまあ、あんたたちも掴んでると思うが、そのバックにいるスポンサー様が、そこの先生をえらくお気に召してるらしくてね。もちろん、エロい意味でな?」  わざとらしく口の端を吊り上げて、ロニはラスの背後にいるフランを顎でしゃくって示す。フランはつまらなさそうに目を伏せて黙っているだけだ。ここに至っても、彼は自らの事情を語ろうとはしない。 「……目的は何だ。マフィアがご親切に、警察へ情報提供ってか?」 「人聞きの悪いこと言うなよ、刑事さん。俺たちはただ、シマを荒らす害虫を駆除したいだけさ。セルジオのやりようはさすがに目に余る。身内の癌は、身内で取り除く。それが組織(ウチ)のルール」  ​ロニは続ける。口調は軽いが、その内容は今までの捜査を裏付ける重要なものだった。 「なあ、ひとつ協力しようや。セルジオはウチで処分する。裏で金を出してるスポンサーは、あんたたちLCPSにくれてやる。密売ルートも潰せて万々歳。WIN-WINだろ?」  セルジオ――ネオンブライトの密売を企てているマフィアが、資金援助をしているスポンサーからの命令でフランを狙っていた。  ロニの口から示された事実に、散らばっていた点と点が、拭いきれなかった疑惑への違和感とともに頭の中でようやくひとつの線を結ぶ。  彼の言葉が真実なら、先日フランの元を訪れていた男がセルジオの手下であり、持ちかけられた〝交渉〟とはそのスポンサーに身柄を差し出せというものだろう。交渉とは名ばかりの、事実上の脅しだ。  そして、それを拒んだために、フランとこの診療所は襲われたのだ。 「……そのスポンサーってのは、エリック・スターリングか」  ラスは、捜査会議の画面上で見た、自信と高慢さの滲む男の顔を思い出していた。アークライト・グループのCEO、エリック・スターリング。フランがパーティでキスをしていたという男。 「さすがはLCPS」   ロニがへえ、と感心したように眉を上げ、フランの方を皮肉げに見やる。 「なんでもそのスターリング氏はいつぞやのパーティであんたを見初めたらしいぜ? なあ先生、俺前に聞いたよなァ、『パーティで金持ち喰ったんじゃねえの』って」 「……覚えてないって言ったでしょ」  冷ややかに答えるフランに肩をすくめながら、ロニはふたたびラスに視線を戻す。 「ま、そこまで辿り着いてんなら、そいつを押さえんのはあんたたち警察のお仕事だ。ご褒美にいい情報をやるぜ」 ​ ロニは、ラスの反応を楽しむように一度言葉を切ると、決定的な情報を付け加えた。 「近々、トレード・ハブで上客相手に、新型のお披露目パーティがあるらしい。主催は、間違いなくそのスポンサーの男だ」  ラスの手にある小瓶を興味深げにしゃくって、ロニは黙ったままのフランへ視線を移す。 「どうやらセルジオは、そのパーティまでにそこのドクター(フラン)を手に入れないと、資金援助を打ち切られるとまで言われてるらしいぜ? 逆に言えば、先生が〝餌〟として協力してくれりゃあ、ご執心の黒幕殿を確実にその場に引きずり出せる――どうだ?」  ロニの瞳が冷徹な光を帯びる。軽薄さはそのままだが、それは危険や暴力、冷酷な手段を厭わない、間違いなく裏社会で生きる男の目だった。 「本気で言ってんのか」  フランを囮に、というロニの提案に、ラスは低く唸る。交渉に応じないと見るや拉致を強行するような連中だ。自ら身柄を差し出すような真似をして、どのみち無事で済む保証などどこにもない。 「こいつは刑事でもなけりゃてめえらマフィアでもない。そんな危ない真似、させられるわけないだろうが」 「だがこの分だと、次はもっとヤバイ手に出てくるかもしれないぜ。――そこの番犬もしばらくは役に立たなそうだし? それともあんたが付きっきりで守るとか?」 「――てめえ」  「リーズ刑事」  ロニの挑発的な物言いに思わず前に出そうになったラスを、フランが静かに制止する。  彼は、荒れ果てた自分の診療所をゆっくりと見回すと、力無く横たわったままのクロウのそばにしゃがみこんだ。 「……診療所がこの有様じゃ、しばらく仕事は無理そうだし。僕はアジェイの所にでも身を寄せておくから、心配しないで」  フランはそう言うと、ラスを見上げた。少し眉を下げて、彼にしては珍しく申し訳なさそうに笑う。 「それより、今はクロウを早く連れて行って、治療してやって。……この前ピカピカで返すって言ったばかりで、悪いけど」  フランの処置で生体液の流出は止まり、クロウは落ち着いているように見えたが、首元のセンサーは変わらずクロウのバイタル低下を表す警告を示している。 「……あんただって怪我してんだろうが」 「僕のは大した傷じゃないってば。でも、クロウは別」  フランの瞳が真っ直ぐにラスを捉える。その顔は、医師のそれだった。 「応急措置だけじゃ、あんまり長くは保たない。命が助かっても、コアがいかれて記憶領域まで飛んじゃったら、この子はもうきみの相棒として働けない」  フランの言葉が胸を刺す。 「そうなったらさすがに僕も寝覚めが悪い。クロウは僕の身を守るために頑張ったんだから」 「……」   負傷しているフランをこの得体の知れないマフィアの男と残していくことには強い抵抗がある。だが、クロウの命が危機的状況にあることも事実だった。ここで意地を張ってクロウを失えば、それこそフランとの間に決定的な亀裂が入るだろう。 ​「……ロニは信用できない男だけど」  ラスの葛藤を見透かしたように、フランが続けた。   「少なくとも、ここを襲った連中とグルじゃないのは確か」  珍しくはっきりとしたフランの断定に、ラスは奥歯を噛む。  もはや何が真実かわからない。フランも、ここにいるマフィアの男も、トレード・ハブの黒幕も実は全て繋がっていて、この襲撃さえ狂言の可能性だってゼロではないのだ。だが、そのためにフランが、あれほど可愛がって世話していたクロウをこんな形で巻き込んで痛めつけるような真似をする――それだけは、どうしても信じられなかった。  黙り込むラスに、ロニが面白がるように肩をすくめながら笑ってみせる。 「そう心配しなくても取って食ったりしねえって。むしろ食う方が得意だしなあ、先生は?」 「願い下げ」  ​気安げに軽口を叩き合う二人の様子に、ラスは言いようのない苛立ちを覚えていた。  少なくとも、このロニという男とフランの間には、こうして遠慮のない会話を交わせる程度の付き合いがあるのだ。それが余計に腹立たしい。 ​「……クソ」 ​ ラスは大きく一つ息を吐くと、手の中の小瓶を握り締めた。  今の自分には、最善の選択肢など残されていない。あるのは、どれも苦い選択肢だけだ。 ​「わかった。……本当に、警察への通報も、保護を受ける気もないんだな」 「知ってるでしょ」  あっさりと返すフランに、ラスは躊躇いを断ち切るように手にしていた銃と小瓶をしまうと、クロウを抱き上げた。ずしりとした金属の重みと、油と血の混じった匂い。腕の中で、相棒が微かに身じろぎする。 「……ひとつだけ確認させてくれ。あの日――ホテルであんたと一緒にいたアラン・ケンプは、スターリングの指示でネオンブライトの開発をしてた。あんたが奴と寝たのは――そこであの男が死んだのは、本当に偶然だったんだな」  自分に言い聞かせるようなラスの言葉に、フランは少しだけ困ったように微笑む。 「……マリアに付き合って行ったトレード・ハブのパーティは、あの事件よりも後だよ。エリックとかいう人に会ったのもその一度きり。まさか、()()()()()だと思った僕が、部下に先にナンパされてたなんて思いもしなかったんだろうけど」  そうか、と息をついて、ラスは低い声で銀髪の男を呼んだ。 ​「……おい、ロニとか言ったな」 ​「ああん?」 ​「俺はお前を信用しない。だがもし本当に協力する気があるなら、こいつの身の安全は保証しろ。何かあれば組織ごと潰す」 ​「へいへい。おっかねえこって」 ​ ロニがひらりと手を振るのを見て、ラスはフランに向き直る。言いたいことは山ほどあったが、今は時間を惜しむべき時だった。  「……連絡する。くれぐれも、勝手に動くなよ」  ​ラスは、フランに強く釘を刺すと、損傷したクロウを慎重に抱え上げ、嵐が過ぎ去った後の診療所を後にした。 ※    ラスが去った後、診療所に残ったのは、フランとロニの二人だけだった。張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。 「――なあ」   ロニは、新しい煙草に火をつけながら、フランに尋ねた。 「あの刑事と寝てんの?」 「どうして?」 「……ご親切にも大事な番犬を貸し出して、夜中に速攻で駆けつけてくれる男が彼氏じゃなかったら何なワケ」  ​フランは、その問いには答えなかった。ただ、ラスが去っていったドアを見つめ、小さな笑みをこぼして静かに呟く。 「……さあ。刑事って、そういう生き物なんじゃない?」  言いながら、フランはカウンターの引き出しから一枚の名刺を取り出した。そして、それを指先でひらりと弄びながら、ロニに向き直る。その唇には、すべてを見透かしたような、挑発的な笑みが浮かんでいた。 「それで、僕は何をしたらいいの?」  

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