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18#摩天楼への招待状

 サウスウエスト・エッジ・ステーションの一室。本来なら夜勤の刑事たちが気怠く夜を明かすだけの部屋に、今夜はひりつくような緊張の糸が張り詰めていた。  壁一面のモニターにはルミナス・ネックスの地図や無数のデータが映し出され、テーブルには冷めきったコーヒーとエナジードリンクの空き缶が転がっている。その中心で、マキ、ラス、ジェイク、イジーの四人が顔を突き合わせていた。  テーブルの中央には、証拠品用のクリアケースに収められた小さな瓶が置かれている。無機質な蛍光灯の光を浴びて妖しく輝く、ぞっとするほど鮮やかなコバルトブルー。  フランの名前を伏せ、〝レヴァリス穏健派のロニとの接触〟を前面に出した報告は、マキの巧妙な立ち回りもあって無事にチーム内で受理されていた。ジェイクとイジーは、マフィアとの裏取引に近い情報入手に眉をひそめながらも、それが手詰まりの現状を打破する唯一の鍵であることは理解しているようだった。 (……悪いな、ジェイク、イジー)  ラスは内心で短く謝罪する。  新たなネオンブライトのサンプル――小瓶の()()()()は、マキとラスが口裏を合わせた完全なでっち上げだ。あの青い小瓶をもたらしたのは他でもないフランであり、さらにスポンサー――エリック・スターリングの真の目的が、新型ドラッグの開発と密売だけでなく〝フラン・エルウッドの所有〟であるというもう一つの核心を、ラスたちはこの捜査会議の場においてさえ伏せている。 「ジェイク、こいつの分析結果は?」  ​マキに促され、ジェイクが手元のタブレットを操作する。モニターの一つが切り替わり、複雑な分子構造式とグラフが表示された。 「簡易分析ですが、先日押収されたものと同じ、間違いなくネオンブライトの派生型です。裏通りで出回っているものから不純物と毒性――特に神経系に悪影響を及ぼす成分を極限まで取り除き、純度を高めてある。おそらく、効果はそのままに、致死性の副作用だけを抑えた改良版……いや、これこそが〝完成品〟と見るべきでしょう」 「完成品、ねえ。裏通りの中毒者たちは、こいつを完成させるためのモルモットだったってわけ」  ​イジーが忌々しげに吐き捨てる。ジェイクは頷き、さらに続けた。 「このサンプルの組成データと、アラン・ケンプがネクサス・バイオテックで進めていた極秘プロジェクト、そしてエッジ・パークの研究所のデータを照合したところ、九十八%の一致が見られました。ケンプが開発責任者だったことは、もう疑いようがない」  ​さらにラスが低い声で事実を繋ぐ。 「ジェイクの調べで、ケンプが密かに出入りしていた高級クラブ『アジュール・ゼニス』を介してネクサス社との間に不自然な金銭の流れが確認されてる。そのオーナーがアークライト・グループのエリック・スターリングだ」  散らばっていた全ての点が繋がる。マキが腕を組み、深く息を吐いた。 「つまり、こういうことだ。エリック・スターリングが資金を出し、アラン・ケンプにネオンブライトを開発させた。ケンプはその試験品をセルジオ一派を通じて裏通りに流して効果と毒性のデータを集めさせていた。そして完成したのが、この新型のネオンブライト……通称〝アジュール〟とでも呼ぶか。富裕層向けの、極上のドラッグってわけだ。内輪揉めか口封じか、当のケンプはてめえの開発した薬で消されちまったわけだが」 「接触してきたっていうレヴァリスの男からの情報だと、そのお披露目パーティが、数日後にトレード・ハブで開かれる、って話だったわね」 「それも裏が取れてるよ」  そう言って、ジェイクがさらにスクリーンに情報を展開した。 「まさに四日後、アークライト・グループ主催のプロモーションパーティが予定されてる。情報が正しければ、その裏でアジュールのお披露目……そして取引が行われる可能性が高い」 ​「セントラルに合同捜査を打診している時間はないし、連中に手柄を横取りされるのも癪だ。ここはサウスウエストの単独で、パーティに潜入してセルジオとスターリングの接触の証拠を掴む」 「潜入って言っても、マキさん。相手はトレード・ハブのトップ層が集まるガチのパーティですよ。招待状はどうするんです?」 ​ ジェイクの懸念に、マキはニヤリと笑って見せた。 ​「そこは抜かりねえよ。昔世話した情報屋のツテで、都合よく欠席する中堅企業の若手役員とその同伴者名義の招待状を二枚、すでに押さえてある。……というわけで、イジー、ラス。お前らがこれを使って客として潜り込め」 「はあ!?」 ​ 名指しされたラスが思わず声を上げるより早く、イジーが信じられないという顔でマキとラスを交互に指差した。 ​「ちょっと待ってくださいよ、マキさん! 潜入はいいけど、私とこいつが!?  どう見てもハイソなパーティに馴染むツラじゃないでしょ!」 「おい、そりゃどういう意味だ」 ​ すかさずラスが抗議するが、イジーはまったく怯むことなく、ラスのピアスが光る左眉と、ラフに着崩したシャツをジロジロと品定めするように見下ろした。 ​「言葉通りの意味よ。あんたみたいなガサツな男、高級スーツを着せたところでせいぜいマフィアの下っ端にしか見えない。絶対に浮くわ」 「俺だってスーツくらいまともに着れるっつの。てめえこそ人のこと言えるかよ」 「私を誰だと思ってるの? 正式な場に相応しい身のこなしくらい心得てる。あんたは無理ね、歩き方からしてガラの悪さが染み付いてるもの」  一気にまくし立てて、イジーはやれやれと大げさに肩をすくめる。 「……はあ。仕方ない、明日一日かけて、あんたのそのチンピラみたいな歩き方とマナーを私が徹底的に直してあげるから、覚悟しなさいよ」 ​ ラスは「勘弁してくれ」と頭を抱えた。軍隊出のイジーの指導の厳しさは、ステーション内でも有名なのだ。 ​「まあ、頼んだぜイジー。俺じゃ年齢的にも不自然だし、ジェイクはシステムのサポートに回ってもらわにゃならねえからな。きっちり取引の証拠を押さえて、セントラルの連中の鼻を明かしてやる。頼んだぞ」 「会場のセキュリティシステムのハッキングと、二人の偽造IDの登録は俺がやっておく。二人ともしっかりな」 ​ ジェイクが頼もしく請け負う。  やれやれ、とため息をつきながら、ラスはふとポケットに突っ込んだ指先で私用端末の硬い感触に触れた。  フランから『ルージュ・ベルベットにいる』という短いメッセージが届いたのは、あの夜から半日が過ぎた頃だった。アジェイの元に身を寄せているというその一文を、ひとまず信じるしかない。フランの身にこれ以上危険が及ぶ前に、自分たちがパーティ会場でセルジオとスターリングを押さえる。それが最善のはずだ。  だが一方で、セルジオがそう簡単に手を引くとも思えない。ロニの危険な提案と別れ際のフランの妙に落ち着いた笑みが頭から離れず、ラスの勘が嫌な警鐘を鳴らし続けていた。 ​「――おい、ラス。聞いてるのか」 「えっ、あ、ああ。聞いてる」 ​ 不意にマキに呼ばれ、ラスは思考の海から現実へと引き戻された。 ​「しっかりしろよ。当日、しくじったら次はないと思え。相手はレヴァリスの幹部と、トレード・ハブの大物だ」 「わかってる。……イジーのしごきに耐えられれば、だけどな」 「ふふん、せいぜい泣き言を言わないことね」 ​ イジーが勝ち誇ったように笑い、ジェイクも苦笑している。  そのいつもの軽口が飛び交う中で、マキだけが、ラスと一瞬だけ視線を交わした。ベテラン刑事の深く底光りする瞳が、「余計なことは考えるな、今は仕事に集中しろ」と無言で告げているようだった。 ​ 言いようのない胸騒ぎを振り払うように、ラスは立ち上がる。——今は、目の前の任務に集中するだけだ。  スクリーンに映るエリック・スターリングの完璧に作られた笑顔を睨みつけ、ラスは決意と共に小さく息を吐き出した。

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