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23#帰還①
完全に制圧されたブルーラウンジの光景は、数十分前までの熱狂とその後の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
豪奢な絨毯の上には、手錠をかけられたセルジオの手下たちと、顔を青ざめさせて固まるトレード・ハブの富裕層たちが一箇所に集められ、LCPSの部隊によって厳重に監視されている。
ラスはプライベートルームから連行してきたエリック・スターリングの背中を押し、本隊の隊員へとその身柄を引き渡した。
「……貴様ら、後悔することになるぞ……私を誰だと思っている!」
両腕を後ろに拘束されながらも、未だに自らの敗北を受け入れられないスターリングが血走った目で喚き散らしている。だが、隊員たちは無表情に彼を小突き、タワーの地下に待機しているであろう移送車へと連行していった。
嵐のような一夜の終わり。安堵とともに深く息を吐き出しながら、ラスは窮屈なネクタイを完全に引き抜き、ラウンジから廊下へと足を踏み出した。
そこでは、聞き慣れた怒声と、相変わらずののんびりとした声が交錯していた。
「……で、お前さんは一体どうやってこの真っ黒な状況を切り抜けるつもりだ?」
本隊とともに現場に合流していたらしいマキが、咥え煙草のまま――と言っても火はついていないが――苛立たしげにフランをどやしつけている。
「『エルファン』がアジュールのデモンストレーション役をやってたって証拠映像はばっちり残ってるんだぞ。今のお前さんは、誰がどう見たってエリック・スターリングの愛人で、マフィアの取引に加担してた共犯だ」
警察の視点から見れば、マキの言い分は正論そのものだった。マキとしても、事情を知っている立場として、彼をスターリングの一味として捕らえたくないからこその言葉だろう。
だが、当のフランは怒られているというのにちっとも堪えた様子はなく、平然と微笑んでみせる。
「そのことなら、彼が証明してくれるはずだよ。僕が純然たる被害者だ――ってことをね」
そう言ってフランが視線を向けた先。廊下の奥から、無表情な黒髪長身の男――ナナミが静かな足取りで現れた。
ナナミはマキの前に歩み寄ると、無言のままポケットから小さなデータチップを取り出し、差し出した。
「? なんだ、こりゃあ」
「セルジオがエリック・スターリングからこの男の身柄を要求され、取引材料にするために拉致を命じた証拠の音声データだ。今夜のパーティの前に、この男を引き渡した際のやりとりも入っている」
淡々と告げられたナナミの言葉に、マキが片眉を跳ね上げた。
フランは「ほらね?」と得意げに肩をすくめてみせる。
「僕はマフィアに無理やりここへ連れてこられて、ストーカー男に脅されながら愛人役を演じさせられていた可哀想な被害者ってわけ。危うくもう少しで変な薬を打たれてエッチなこともさせられそうになったし……」
上目遣いにマキを見つめ、これ見よがしに被害者を装うフラン。
「ね?」
「ね? じゃねえんだよ、このバカヤロウ」
マキはデータチップをひったくるように受け取ると、心底うんざりしたように天を仰いで深いため息をついた。
「本当に、かわいげも抜け目もありゃしねえ……」
そのやりとりを少し離れた場所から眺めながら、ラスは思わず呆れたため息をこぼしていた。
(……なるほどな)
フランは最初から、自身が共犯として疑われる可能性も見越して、そうなったとき被害者だった証拠が残るように立ち回っていたのだ。あるいはナナミを潜入させていたロニがそういう条件で彼を囮役にしたのか――だからこそ、フランはあえて自らセルジオの手に落ちた。
こうなる状況をどこまで計算していたのかはわからない。ただ少なくともフランは、マフィアを相手に自分が切り捨てられるリスクすらも賭けて、盤面の上で悠々とスターリングたちを翻弄し、最後には一番の特等席で彼らが破滅する様を見物することを選んだ。
そのしたたかさと、どんな危険の淵に立たされても決して揺るがない図太さ。彼はずっとこうして、ダスク・ストリップの歓楽街の底辺から、マフィアや権力者が蠢く裏社会の隙間をギリギリのところで泳ぎ切り、生き延びてきたのだろう。誰の庇護も受けず、己の手管と度胸だけを武器にして。
(……なんて奴だよ)
ふと、ラスの存在に気づいたフランが、にっこりと微笑んだ。
「お疲れさま、リーズ刑事」
「よう、お手柄だったなラス」
マキもラスに気づき、疲労の滲む顔で口の端を上げた。
「マキさん。セルジオは?」
「その話はこれからだ。レヴァリスの連中とも話をつけにゃならん」
ラスの問いにマキが答えた、その時だった。
「やあやあLCPS隊員の皆様、ご苦労ご苦労~」
軽薄な声とともに、見知った銀髪の男――ロニが現れた。だが、今回は一人ではない。その隣には、浅黒い肌に緩く波打つ長い黒髪をなびかせた、氷のようにクールな美女が並び立っていた。
タイトなスーツに身を包んだその女は、鋭い眼光でマキとラスを一瞥する。
「今回の件では迷惑をかけたわ」
「……パルミラ」
フランが少し驚いたように、女の名前を呼んだ。どうやら顔見知りらしい。パルミラと呼ばれた美女は、フランを見て微かにその切れ長の目元を細める。
「ひさしぶりね。相変わらずで何よりだわ」
「パルミラ――レヴァリスの親ボス派幹部の一人か。やり手の女だとは聞いてたが、まさか直々にお出ましとはな」
マキが警戒の眼差しを向ける。
「美人だろ? うちの上司は」
「黙って、ロニ。……ナナミ、今回はよくやってくれた」
軽口を叩くロニを冷たく一蹴し、パルミラはナナミを労った。ナナミは短く会釈を返す。
「幹部直々に交渉に来たってことは、手打ちにしたいってことだな。いいだろう、話を詰めよう。隊長に通す」
マキが仕事の顔になり、パルミラと向き合う。裏社会とのギリギリの交渉。これはベテランである彼や、上層部の仕事だ。
そこへ、面倒な話には巻き込まれたくないとばかりにフランが手を挙げる。
「僕は? もう帰っていい?」
マキはげんなりとした顔でフランを一瞥すると、露骨に嫌そうな顔をしてラスの背中をドンと押した。
「ラス、お前はこの尻軽を送ってやれ」
「――は?」
突然の指名に、ラスは素っ頓狂な声を上げた。
「あとで聴取には応じてもらうぞ。ラス、お前はこいつの監視役だ。明日の昼にでも改めてステーションに連れてこい」
「でも、マキさん」
「いいから行け。そいつがここにいると、また事態がややこしくなりそうだからな。さっさと帰れ」
シッシッ、と犬でも追い払うように手を振るマキ。確かに、幹部とさえ顔見知りらしいフランが、これ以上彼らとの明確な接点を持つのを――それをL C P S が 把 握 し て い る 状況というのは、今後のことを考えるとあまり好ましくはない。
「もう、人を疫病神みたいに」
フランはわざとらしく唇を尖らせると、ラスを見上げて、いつものように悪戯っぽく笑った。
「じゃ、帰ろうっと。送ってくれるんでしょ、リーズ刑事」
「……わかったよ」
そのやりとりに、ニヤニヤと見守っていたロニがヒューと下世話な口笛を鳴らす。
睨みつけるラスを意にも介さず、ロニはひらひらと手を振って見送り、ラスは忌々しげに舌打ちをして、フランの背中を軽く押すようにしてその場から離れた。
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