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第32話 魔法使いの選択

 長い沈黙のあと、胸元から何かを取り出す。  枯れた白い花。  押し花にされた、王子からの贈り物。 「最初は、そうでした」  ヨシュアは言った。 「あなたが私を救ったから。王子様だったから。それだけで、愛する理由には十分でした」 「今は?」 「わかりません」  初めて、ヨシュアがそう答えた。 「テオは、私の思っていた王子様ではありません」 「うん」 「私が用意した玩具を喜ばないことがあります。大切にしてほしいものを捨て、気に留めなかったものを拾います」 「うん」 「私に怒ります。命じます。嘘を見抜きます。成長して、私の知らない顔をするようになりました」  ヨシュアは、押し花へ目を落とした。 「枯れる花を美しいと言いました。私には、まだその意味がよくわかりません」 「うん」 「それでも、この花をくださったあなたが好きです」  顔を上げる。 「私へ怒るあなたも。魔法を向けるあなたも。今ここへ戻ってくださったあなたも」 「それは、王子様だから?」 「いいえ」  ヨシュアは微笑んだ。  作りものの明るい笑顔ではなかった。  少し不安そうで。  王子の答えを怖がっている、人間に近い笑みだった。 「あなたが、あなたであるからだと思います」  王子は目を閉じた。  息を吐く。  聞きたかった答えだった。  それでも、すべてが報われたわけではない。  罪は消えない。  母は戻らない。  使用人たちの心も戻らない。  二人が幸福になったからといって、よい物語になるわけではない。 「ヨシュア」 「はい」 「人々へかけた魔法を、全部解いて」  ヨシュアの表情が止まった。 「すぐに?」 「今」 「元へ戻るとは限りません」 「わかってる」 「自分で歩けない方もいるでしょう。食べることや眠ることまで、忘れているかもしれません」 「それでも」  王子は城を見た。 「これ以上、人形にはしない」 「テオが望むなら」 「ヨシュアは?」 「私には、どちらでも」 「それは駄目だ」  王子は言った。 「ヨシュアも考えて」 「私が?」 「皆をどうしたいか。僕が何を望むかじゃなくて」 「ですが」 「僕だけに決めさせたら、また同じになる」  王子が笑えば、人を踊らせる。  王子が嫌がれば、笑顔を戻す。  すべてを王子の望みのせいにして、ヨシュア自身は何も選ばない。  それでは、ヨシュアは変わらない。 「僕のためではなく、ヨシュアが決めて」  ヨシュアは困ったように黙った。  千年を生きた魔法使いが、答えを知らない子供のように見えた。 「私は」  長い時間をかけて、言葉を探す。 「あの方々に、興味がありません」 「うん」 「幸せでも、不幸でも。同じです」 「うん」 「けれど、テオにこれ以上嫌われるのは困ります」 「それは僕のためだ」 「難しいですね」 「ゆっくり考えればいい」 「どれくらい?」 「人間の時間で」 「それは、とても短いでしょう?」 「だから急いで」  ヨシュアは目を瞬いた。  それから、声を立てて笑った。  王子も笑った。 「では、魔法を解きます」 「決めたの?」 「はい。あの方々が何をするか、少し見てみたいと思いました」 「元に戻って、ヨシュアを殺そうとするかもしれない」 「それは困りますね」 「怖い?」 「いいえ」  ヨシュアは王子の頬へ触れた。 「テオが守ってくださるでしょう?」 「自分でなんとかして」 「王子様なのに?」 「悪い魔法使いなんだから、それくらいできるだろ」 「助けていただけないのですか?」 「……本当に危なかったら助ける」 「ありがとうございます」  ヨシュアは、やはり絵本のお姫様のように、嬉しそうに笑った。

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