6 / 9

かわいい子

 学園の寮にはGlass寮とVeil寮、そしてもうひとつ、特別寮と呼ばれる建物がある。学園の敷地内で最も景色の良いところに佇む、第一都市にありそうな屋敷がそれだ。   「たっだいま〜」  俺が両開きの扉を勢いよく開けたら、いままさに階段をのぼっていくひとがふりむいた。  このひとは、四年生の一ノ宮理久(いちのみやりく)さん。すごく厳しいひとだ。そしていまこの寮で暮らしているのは、俺と世那と理久さんの三人だけだ。 「優芽、世那は一緒じゃないのか?」 「あれ? 先に帰ってません? 図書室かなぁ」 「そうか」 「急用です? なにか伝えておきます?」 「いや、いい。急用ではない」  俺にとってはな。理久さんはそう付け足して、階段の続きをのぼっていった。    第一都市は優秀なGlassの三家を中心にまわっていて、そのなかでも一ノ宮家は矢面に立つことが多い家だ。それでいうと俺たち、三ツ木家は少しずるくて、みんなを平等に裁くみたいなことをしている。  もうひとつの家、二条院(にじょういん)家と一ノ宮家はちょっと仲が悪くて、三ツ木家は中立。なかなか賢いだろう、俺たち。  談話室の窓に背を預けて、ポケットからいくつかの包みを取り出す。これはさきほど、女の子たちがくれたお菓子だ。  俺はお菓子の包みをほどいて、鼻を近づけた。 「あ〜……」  そして中身を捨てる。どうして材料以外のものを混ぜてしまうのだろうか。毒とかそういう類のものなら効かないからいいけど、口を切ったり喉に詰まったりするやつは面倒で嫌だ。  俺は甘いものが好きだし、いや嫌いなものがないだけだが、とにかく食べ物を捨てる趣味はないのだ。 「またへんなのはいってた?」  いつのまにか談話室の入口に世那がいた。どこか不機嫌そうだから、俺になにかを盛ろうとした女の子に、ひっそり腹を立てているのだと思う。世那は怒りとか悲しみとか、そういうものを顔に出さない。 「食べてないからへーきだよ」 「そうだけど」 「ははっ。世那はやさしいね〜」  世那の頭をくしゃくしゃにしても世那はムッとしたままだ。歳は同じだけど俺の方が早く生まれたから、世那は弟みたいなもの。世那は表情がとぼしいけど感情豊かないい子。自慢の弟だ。  そう思うと、世那は慧くんと接するとき、すごく顔に出ている。嬉しいと、なんかこう、ぴよぴよっとしているし、悲しいと沈んでいるし、なかなか分かりやすい。 「あ、理久さんが世那に用事あるってさ」 「ああ。うん。ありがとう。いってくる」  めずらしく、世那が緊張したような顔をした。顔に出る、ということは慧くんに関係することだろうか。なんて思いながら、机の上に用意されているお菓子を口に運ぶ。第一都市で食べていたものと、全く同じ味。  あまり好きじゃないんだよな。退屈で。 「運命かあ」  世那が息を切らして『運命の番を見つけた』と教えてくれたとき、そんなものあるわけないだろと言いそうになった。けれど、世那がはじめて見るような嬉しそうな顔をしていて、何も言えなくなってしまった。  運命、なんてものがあるのなら、それはやはり良いものだろうと思う。俺は、たくさんのVeilを侍らせる、父親のような生き方はしたくない。  みんなに好かれていたいし好きでいたいけど、だからってみんなを等しく愛せるわけではない。父親は中途半端な人だ。けれど父親のことを尊敬してはいて、感情って難しいよなと思う。    俺も、世那みたいにまっすぐに生きることができたら。  そんな思いは鼻で笑っておわりにする。俺には世那みたいな出会いはないだろうから、せめて楽しく見守ろうと思う。 ◇  今朝も通学中のみんながそわそわしている。その原因は世那だろうから、ちょっと申し訳なくなる。「ごめんね〜」と言いながら、世那のところまで歩いていく。 (あ、音音ちゃんだ)  慧くんのとなりにいつもいる子。世那みたいに表情はとぼしくて、でも行動は、なんていうのかな、小さな鳥が羽をパタパタさせているみたいでかわいいのだ。  ここでしばらく、音音ちゃんの様子をうかがう。  世那が慧くんと距離をつめるたび(物理的ではなく)、音音ちゃんはパタパタするのだ。いまも、そろそろ走り出しちゃうんじゃないかなといった様子。それは困るから、音音ちゃんが走り出しそうになったら世那の回収に行く。 「音音ちゃん、おはよ〜」 「あ、優芽先輩、おはようございます」  音音ちゃんが見るからに安心している。世那の首根っこをつかんでひきずって、音音ちゃんに手を振ったら小さく振り返してくれた。 「ふふ。かわい〜」  この色々と難しくなる毎日の、小さな癒しだ。音音ちゃんがちょこまかと頑張っているから、俺も頑張ろうと思えるものだ。   「優芽って、あの子のこと好きだよね」 「……んん?」  世那が大人しくひきずられながら、そんなとこを言う。 「ちがうちがう」  好き、なんてものはみんなに思っているし、特別に好きなんてものは、誰かに抱くつもりもない。  世那が「ふぅん」とつまらなそうにして、うとうとしはじめた。 「あ、こら! 寝るな寝るな!」 「んー」  まったくマイペースで世話の焼ける弟だ。

ともだちにシェアしよう!